官公庁が競争入札を実施するときの予定価格は、秘密扱いが原則です。しかし契約実務を担当していると、再度入札を繰り返す場面や、顔見知りの営業担当者から予定価格を尋ねられることがあります。秘密扱いの予定価格についての対応方法です。
予定価格は落札上限価格
一般競争入札や指名競争入札では、予定価格が落札上限価格になります。予定価格以内の入札があったときに落札になります。予定価格がないと落札できません。また、再度入札を行うときの判断も、予定価格に基づきます。
落札の判断に予定価格を用いる場合の流れは次のとおりです。
入札公告(仕様書等)→ 入札 → 開札 → 予定価格以内であれば → 落札決定
→ 予定価格を超えていれば → 再度入札
落札の判断基準を予定価格としている根拠法令です。
会計法
第二十九条の六 契約担当官等は、競争に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもつて申込みをした者を契約の相手方とするものとする。
地方自治体は、地方自治法です。
地方自治法
第二百三十四条
3 普通地方公共団体は、一般競争入札又は指名競争入札(略)に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもつて申込みをした者を契約の相手方とするものとする。(略)
上記条文の中で「・・最高又は最低の価格・・」とあるのは、例えば、不用品の売り払い契約では、最も高い入札金額が落札となるからです。購入契約であれば、最も安い金額になりますし、売り払い契約であれば、最も高い金額になるわけです。簡単にいえば、官公庁側にとって「最も有利な金額」という意味です。
予定価格は、原則、秘密扱い
開札するときは、予定価格調書を開札場所に置くことが義務付けられています。そして、ここが最も重要ですが、予算決算及び会計令第七十九条で「・・内容が認知できない方法により・・」と定められています。つまり秘密扱いにしなければならないのです。
予算決算及び会計令
第七十九条 契約担当官等は、その競争入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書、設計書等によつて予定し、その予定価格を記載し、又は記録した書面をその内容が認知できない方法により、開札の際これを開札場所に置かなければならない。
地方自治体は、それぞれの規則で定めています。参考に東京都と大阪府の例です。
東京都契約事務規則
第十二条 契約担当者等は、一般競争入札により契約を締結しようとするときは、その競争入札に付する事項の価格を、当該事項に関する仕様書、設計書等(略)によつて予定し、その予定価格を記載した書面(略)を封書にし、開札の際これを開札場所に置かなければならない。ただし、財務局長が別に定める契約においては、当該入札執行前にその予定価格を公表することができる。
大阪府財務規則
第五十七条 契約担当者は、その一般競争入札に付する事項の予定価格を記載した書面をその内容が認知できない方法により、開札の際これを開札場所に置かなければならない。ただし、契約担当者が入札及び契約手続の透明性の向上を図るため必要があると認めて当該入札執行前にその予定価格を公表するときは、この限りでない。
東京都は、「・・封書にし・・」と定めています。大阪府は「・・内容が認知できない方法・・」です。いずれも原則として秘密扱いにし、例外として公表できるとしています。
秘密扱いにする方法は、厚手の封筒に入れて密封し、漏洩を防ぐため封筒の糊付け部分に押印しておきます。開札時まで誰も開封できないようにしておきます。予定価格は、漏洩を防止するためにも金庫で保管するのが一般的です。
予定価格の開封方法
開札は、入札者が立ち合います。入札者が立ち会うのは、官公庁側が公正に入札手続きを実施していることを確認するためです。入札参加者、入札執行者、お互いが相互に監視する中で、公正に開札します。
予定価格を開封するタイミングは、入札金額を発表した後に、落札しているか判断するときです。それまでは予定価格を開封せずに、机の上に伏せて置いておきます。
予定価格を開封するときは、法令に基づいて厳正に進めていることを示すため、開封前に予定価格の入った封筒を入札参加者へ見せます。予定価格が入った封筒を高く掲げ、参加者全員へ予定価格の存在を確認してもらいます。そして予定価格を開封することをアナウンスします。
「それでは、当方で作成しました予定価格を開封させて頂きます。」と宣言してからハサミで開封します。
開封後も、予定価格の金額が入札参加者へ見えないように注意します。予定価格を見るときは、机に平らにして置き、入札参加者から見えないようにします。予定価格調書を傾けてしまうと、金額が透けて見えてしまいます。必ず机に平らに置いたままにします。そして入札金額との比較を終えたら、裏返すか、封筒の中にしまいます。
2020年頃から電子入札が普及し始めてしまい、会計法令で定められている開札手続きは行われなくなりました。本来の開札手続きは、官公庁側の入札執行者と、入札に参加する民間企業側が、相互に目で見て、お互いを監視することで厳正さを保持していました。開札から落札までの経緯を、自分の目で確認できるものでした。官公庁側だけでなく、民間企業側も含めて、すべてが見える形で、お互いの不正を許さないための手続きでした。不正は表情を見るだけでわかるものです。
電子入札になってしまい、お互いを監視できない現状は、厳正な開札手続きとは乖離しています。残念な世の中になってしまいました。
予定価格を秘密にする理由
予定価格を秘密にする理由は、価格競争の効果を発揮させるためです。もし事前に予定価格を知ることができれば、価格競争を避けて、落札できるのです。入札参加者は競争を避けて、最大限の利益を確保できます。
例えば、予定価格が1,000万円で秘密になっていれば、入札参加者は、ギリギリまで値引きし、800万円で入札するかもしれません。しかし事前に予定価格がわかっていれば、1,000万円、あるいは、999万円で落札する可能性があります。無理して価格を下げる必要がないのです。
つまり予定価格がわかると、競争性が失われてしまいます。そのため予定価格を秘密扱いにして競争の効果を高めているのです。
また予定価格を事前に知れば、談合も容易にできます。第三者にわからないように完全な談合ができてしまうのです。落札可能金額が判明するので、それまでの入札経緯を簡単に偽装できます。1回目の最安値がC社、2回目がB社、3回目が本命のA社とすれば、外部からは談合の事実が全くわかりません。
競争性という観点からすれば、予定価格を秘密にした方が有利です。しかし一方で、大規模な入札になるほど、予定価格漏洩などの不正リスクが高まります。予定価格を公表すれば、予定価格漏洩事件は起こりません。
2022年現在、官公庁の入札では、予定価格が事前や事後に公表されることも多くなりました。参考に閣議決定された通知の一部を抜粋します。
公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針の一部変更について(平成26年9月30日閣議決定)
・・・入札及び契約に係る情報については、事後の契約において予定価格を類推させるおそれがないと認められる場合又は各省各庁の長等の事務若しくは事業に支障を生じるおそれがないと認められる場合ににおいては、公表することとする
秘密扱いの予定価格を漏らしてしまうと、刑法や官製談合防止法に違反し、逮捕されることになります。懲役刑なので重い犯罪になります。
刑法
(公契約関係競売等妨害)
第九十六条の六 偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為をした者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
2 公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した者も、前項と同様とする。
入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律(官製談合防止法)
第八条 職員が、その所属する国等が入札等により行う売買、貸借、請負その他の契約の締結に関し、その職務に反し、事業者その他の者に談合を唆すこと、事業者その他の者に予定価格その他の入札等に関する秘密を教示すること又はその他の方法により、当該入札等の公正を害すべき行為を行ったときは、五年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金に処する。
地方自治体における予定価格の事前公表
各省庁などの国の組織では、上記の予決令第七十九条に基づき、原則として予定価格は秘密扱いになっています。例外的に公表することが認められています。一方、地方自治体では、予定価格を秘密扱いにする規定は、各自治体の規則で定めています。地方自治法では、次のとおり、落札の上限価格として予定価格を用いることのみを定めています。
地方自治法 第二百三十四条 第三項
3 普通地方公共団体は、一般競争入札又は指名競争入札(略)に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもつて申込みをした者を契約の相手方とするものとする。
「予定価格を教えて」と言われたら
競争入札の上限価格となる予定価格は、原則として秘密扱いです。落札決定後も公開しません。秘密扱いの予定価格を漏らせば、予定価格漏洩事件として犯罪に巻き込まれます。最悪、逮捕されてしまいます。
しかし、実際に契約実務を担当していると、再度入札を繰り返す場面などで、「予定価格を教えてもらえば、その金額で入札します。」などと申し出を受けることがあります。あるいは、いつも取り引きしている営業担当者から、「今回の入札は、予定価格を厳しくしていますか?」などと冗談口調で尋ねられることもあります。
入札者が1社だけの状況でも、相手が信頼できる営業担当者であっても、公表していない予定価格は、絶対に教えてはいけません。
もし、予定価格を尋ねられたときは、次のように説明します。
「すみませんが、予定価格は教えられません。今後実施される入札で、競争性を十分に確保できなくなるので、予定価格は公表していません。入札金額は、予定価格を目安にするのではなく、可能な限りの、思い切った金額で入札をお願いします。」
冗談めいた口調で尋ねられたときの対応方法
「それが、まだ予定価格を作成していないのです。開札直前に上司と相談して設定することになっているので、本当にわからないのです。」
入札に関係しない人たちや家族へも、絶対に話しません。もし予定価格を話してしまうと、聞いた人が犯罪に巻き込まれてしまいます。相手を守るためにも絶対に予定価格は話しません。
親友や家族などの親しい人から聞かれたときは、「まだ作成していないので、わからない。」と答えましょう。「知ってるけど、秘密だから教えない。」と答えると、イヤな奴と思われて友人を失います。人間関係が壊れるので、秘密だから教えないという表現は避けます。
予定価格を事前公表することの弊害
予定価格を事前に公表する目的は、契約担当者が犯罪に巻き込まれないようにするためです。予定価格漏洩事件を防ぎ、職員を犯罪から守るためです。
大規模な入札案件では、稀に、入札参加者が契約担当者から予定価格を聞き出そうとします。そして贈収賄事件や談合事件などが発生します。実際に、毎年のように事件が発生します。入札参加者へ予定価格を漏らし、その見返りに現金などを受け取る贈収賄事件が後を絶ちません。これは秘密扱いの予定価格が原因です。予定価格を事前公表すれば、予定価格漏洩事件は防げるのです。
しかし一方で、予定価格の事前公表は、次のようなデメリットが指摘されています。
予定価格事前公表のデメリット
〇予定価格が目安となり、価格競争が阻害されてしまう。
〇談合が容易になる。誰にもわからないような談合ができてしまう。
〇経費積算のできない、履行能力のない会社が参入してしまう。
予定価格漏洩は、公務員であるという自覚がないために起こることです。特定の会社を有利に扱わないという公平性や、会計法令に基づいて手続きを進めるという公正性を十分に理解していれば、そもそも漏洩事件は起こりません。職員を守るために予定価格を公表するのではなく、そもそも秘密を守る職員でなければ困るわけです。
2022年現在、予定価格を必要とする競争入札制度では、不正事件を防止することは不可能です。予定価格というブラックボックスが存在するために、不正を防止できません。筆者の提唱する透明契約・透明入札制度のみが、あらゆる不正を排除できるシステムです。
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