1社入札は問題ない、むしろ1社入札を批判すると官製談合になる

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入札
長瀞

1社入札を問題視する報道があります。なぜ1社入札が問題になるのか、本当に問題なのか実務経験者が解説します。1社入札を批判する考え方は、悪徳警官が「泥棒しないなら逮捕するぞ」と言っているのと同じです。一般競争入札の目的や本質を理解しましょう。

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1社入札の報道とは

 

最近(2014年5月時点)、官公庁が実施した入札結果を見て、1社入札を問題視する報道が多くなりました。1社入札は、いろいろな呼び方があります。1者入札、1社応札、1者応札、1者応募など多数です。いずれも競争入札に参加する企業が1社だったことを意味します。

 

批判的な意見の多くは、1社入札は実質的な価格競争が行われていないので、入札という競争制度が形骸化しているというものです。競争が行われていない、形骸化しているという言葉は、一般の人から見れば、それだけで不正をイメージさせるキーワードです。契約実務を経験したことのない、競争入札の本質を理解していない人たちが好んで使うフレーズです。

 

マスコミや会計検査院などは、公的組織が批判されれば、自分たちの存在意義が高まるのかもしれません。しかし本質を理解していない批判はかなり問題です。

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一般競争入札の目的とは

 

会計法令で定めている一般競争入札の目的は、入札公告による公開手続きを経て、誰もが公平に参加できる競争の機会を確保することです。これは次のように会計法令で不落随意契約(不落随契)を認めていることからも明らかなことです。

予算決算及び会計令

第九十九条の二 契約担当官等は、競争に付しても入札者がないとき、又は再度の入札をしても落札者がないときは、随意契約によることができる。

 

予決令第九十九条の二は、競争入札を実施した結果、入札者がいないとき、あるいは予定価格(落札基準価格)を超えていて、落札者がないときは、事務簡素化・効率化の観点から随意契約によることを認めています。つまり競争の機会を確保した結果であれば、随意契約できるという条文です。実際に価格競争が行われなくても随意契約を認めているのです。

 

もし、1社入札は問題がある、という批判が正しければ、この条文自体が存在しないはずです。さらにこの条文では、入札者がいない場合でさえ、再度公告入札を義務付けていません。入札手続きを無効と判断するのではなく、そのまま手続きを進めて随意契約を締結することを認めているのです。

 

入札結果だけを見て、入札が形骸化しているという短絡的な判断をすべきではありません。競争の機会が十分に確保された手続きだったのか、が重要なのです。

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競争の機会を確保する

 

官公庁が実施する入札制度の大きな目的は、競争の機会を確保することです。(価格面はその次です。むしろ安ければ良い、という考えの方が危険です。不当廉売や無理な値引を押し付けるなどの弊害が発生します。)

 

最初から競争を排除した随意契約を行うのではなく、入札公告を公開することで、契約を希望する誰もが参加できる機会を確保することが最も重要なのです。

 

一般競争入札を実施した結果、仕様書を履行できる入札者(応札者)が1社しかないとしても、それは結果論です。

 

誰もが参加できる機会を確保した入札公告を、十分な期間公開しているのであれば、適正な契約手続です。十分な期間とは、入札公告を見て、入札に参加するための検討を行うことのできる期間を意味します。資料作成や入札金額を積算するためには最低でも2週間以上必要です。

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1社入札の原因とは

 

1社入札の原因としていつも指摘されるのは、仕様書の条件が厳しく他社が参入できない、仕様書が特定の企業のためだけに作られているという主張です。しかしこれは競争社会を否定する考え方です。競争社会では、価格競争だけでなく、技術力も競争に含まれます。仕様書の条件が厳しければ、その厳しい条件で入札へ参加できるよう努力する必要があります。

 

仕様書が厳しくて対応できないということは、その時点で技術競争に負けているのです。(逆に言えば、官公庁の契約担当者は多数の企業が参加できる仕様書を作成すべきです。契約条件は最少にすべきです。特定の企業のみが参加できる仕様を作成することは官製談合と同じと意識すべきです。)

 

ただし例外もあります。特殊な研究用設備のケースです。数年前の民主党政権時代に実施された事業仕分けで、スーパーコンピュータの議論が話題になりました。どうして世界1位じゃないと駄目なんでしょうか、2位では駄目なのでしょうか、という事業仕分けがありました。

 

科学研究の分野は、1分1秒を争いながら世界中で競争を行っています。世界で1位を目指すことこそが、日本の科学技術の発展につながります。そして研究を発展させることで、教育の水準も高くなるのです。当然ながら世界最先端の研究は、世界最高の技術水準を必要とする機器が必要です。仕様書の条件も必然的に厳しくなります。高度な研究用設備の競争入札では、1社入札が多くなります。

 

必要最少限の仕様書で支障のない公共工事などの分野と、世界最先端の科学技術を目指す研究分野を一緒にして、1社入札を問題視すべきではありません。

 

もし、すべての契約で1社入札を問題視するなら、(おおげさに聞こえるかもしれませんが)日本の科学技術が衰退します。教育の質が低下し、やがて日本経済が後退します。日本社会そのものが成長しなくなります。スーパーコンピュータの開発をやめれば、日本は世界から取り残されるでしょう。

 

もちろん官公庁の契約担当者の姿勢としては、多数の会社が入札へ参加できるように仕様書を作成すべきです。これは当然のことです。

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1社入札を問題視すると、官製談合へ

 

もし、一般競争入札を実施するときは2社以上、ということを絶対条件とし、1社入札を認めない方向にしてしまうと、官製談合という犯罪を誘発することになります。

 

定員削減によって年々減らされている官公庁の契約担当者は、2社以上の競争入札を形式的に行うため、競争入札に参加する意思のない会社に対して、見せかけとして参加するよう依頼(強制)するようになります。形骸化という批判を避けるために、違法な行為を行うでしょう。落札する意思のない会社は、落札したくないため、落札希望会社と価格調整し、高い金額で入札することになります。

 

完全に官製談合に陥ります。

 

1社入札を問題視する考え方は、悪徳警官が善良な市民に対して、泥棒しないなら逮捕するぞと言っているのと同じです。

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