官公庁の職員が出張する際には、旅行代理店を利用することが多くなりました。スマホやインターネットが普及し、手軽に予約なども可能になったからです。
官公庁における出張旅費の請求手続きは、旅費法などの特定のルールに基づかなければなりません。国と地方自治体では、手続きを定めた法律や条例、規則などが異なりますが、国会や議会が定めた公正なルールによって旅費が支払われます。
2020(令和2)年頃から、欧米諸国では物価高が激しくなり、アメリカやヨーロッパではホテル料金が従来の2~3倍に跳ね上がり、到底、旅費法で定めた宿泊料定額では赤字になってしまうようになりました。
職員個人が自己負担して海外出張せざるを得ない異常事態をなくすため、旅費法が2024(令和6)年4月26日に改正されました。宿泊料定額を廃止し、実費弁償としたのです。また同時に旅行代理店への旅費支払が可能になりました。
この旅費法改正に関連して、旅行代理店への旅費支払いが可能になったわけですが、いくつか、不思議な出張旅費手続きが(WEB上で)目にすることが多くなりました。
それは、次のような内容です。
「出張で利用する旅行代理店を選ぶときは、複数の見積書を比較してください。」
あるいは
「2社以上の旅行代理店の見積書を添付してください。」
これは一見すると、(旅費の請求手続きを詳しく理解していないと)正しく思えてしまうのですが、基本的な考え方が間違っており、さらに不正を蔓延させてしまう原因になります。
そこで、出張旅費の請求手続きに関する正しい考え方、契約手続きでの「見積もり合わせ」との違いを詳しく解説します。
出張時の旅行代理店選定で複数見積書は本当に必要か?
出張の際には、旅行代理店を利用して交通手段や宿泊施設の手配を行うことが多いです。旅行代理店なら、複数のプラン(飛行機やホテルなど)を簡単に比較でき、出張者に最適なプランを見つけてくれます。特に飛行機の予約では、様々な割引運賃があるため、個人で手配するよりも旅行代理店の方が便利です。
では、職員個人が旅行代理店を選ぶときに、複数の見積書を取り寄せて、契約手続きのような「見積もり合わせ」を行う必要があるのでしょうか?
旅費の支給と、契約代金の支払いを、同じように考える必要があるのでしょうか?
まず、出張費用の「実費支払いの原則」について理解することが重要です。官公庁の職員が出張する際の旅費は、公的な資金から支払われるため、その使用は厳格な法令、条約、規則などに基づいてなければなりません。旅費は、交通費や宿泊費などの実費相当額を職員へ支払うものであり、これを適正に支給することが求められます。実費弁償という意味は、職員個人へ負担させない、赤字で出張するような異常事態を認めないということです。
この実費支払いの原則に従い、職員は自らが利用する旅行代理店を選びます。職員個人が旅行代理店を選ぶのです。(ここが重要なポイントです。)
旅行代理店を選ぶのは職員個人の選択
旅行代理店は、職員本人の代理として予約手配を行うだけです。旅行代理店としての手数料は多少かかりますが、(書類上、割引額を調整し、手数料の項目を表示しないことも多いです。)鉄道料金、ホテル代、航空代などは、それぞれの会社へ旅行代理店が支払います。旅行代理店の利益になるのは手数料部分だけです。
細かい話になりますが、物件費などの契約代金は「支払う」といいますが、旅費は「支給する」といいます。「支給する」という意味は、官公庁が職員個人へ支払うことを意味します。給与(俸給)も「支給する」です。
国家公務員等の旅費に関する法律
国が国家公務員(略)に対し支給する旅費に関しては、(略)この法律の定めるところによる。
一般職の職員の給与に関する法律
第九条 俸給は、毎月一回、その月の十五日以後の日のうち人事院規則で定める日に、その月の月額の全額を支給する。
政府契約の支払遅延防止等に関する法律
第二条 この法律において「政府契約」とは、国を当事者の一方とする契約で、国以外の者のなす工事の完成若しくは作業その他の役務の給付又は物件の納入に対し国が対価の支払をなすべきものをいう。
つまり旅費は、出張に必要な経費を(実費弁償として)、官公庁が職員個人へ支給するわけです。組織の命令で行動するわけですから、その行動のために支給するわけです。命令に従う職員へ支給するので、選択の余地はありません。
例えば、職員個人が悪徳の旅行代理店に騙されて、不当に高い旅行代金を請求されたとしましょう。しかし官公庁側が職員へ支給するのは、正当な旅費に相当する部分だけです。官公庁側は、不当に高い旅行代金を旅行代理店へ支払う義務はありません。なぜなら、旅行代理店へ依頼したのは職員個人だからです。職員個人と旅行代理店の間での契約です。官公庁は旅行代理店と契約してないわけです。
ここで重要なのは、職員個人の判断で依頼した旅行代理店については、個人の責任になるので、官公庁側は関知しないということです。
旅行代理店は、個人の立場で選ぶものなので、高くても安くても関係ないのです。つまり複数の旅行代理店の見積書を比較する必要もないわけです。
さらに、複数の旅行代理店の見積書を取るように指導することは、とても危険です。
旅行代理店の見積書比較が引き起こすリスク
実は、「見積書を複数取る」という行為は、かなり負担になるのです。
取り寄せた見積書だけ見ても、どこが大変なんだ? と思うかもしれません。しかし2社以上の見積書を取り寄せるとなると、まず、応じてくれる旅行代理店を探さなければなりません。
通常、旅行代理店は、見積書を比較されるとは思っていません。旅行代理店は、顧客に対して、より良い旅行のためのプラン作りを提案するのが仕事です。安い旅行代金を提示して、顧客からクレームが出るのも避けたいわけです。安い旅行代金の見積書を提出するという行為自体が、会社の目的と違ってしまうのです。そのため、見積書だけ比較することに旅行代理店は抵抗を感じてしまいます。安い汚いビジネスホテルを提案したくないのが旅行代理店の本音でしょう。
また、大変な思いをして複数の旅行代理店を探し、ようやく見積書を取ることができたとしましょう。
(もう、こんな大変なことはしたくない)と考えるでしょう。
次の出張のときに、このように考えてしまいます。
(前回頼んだ旅行代理店へ相談して、他社の見積書も取れないか聞いてみよう。)
旅行代理店は、多くの系列会社を持っています。官公庁の職員が相談すれば、複数の旅行代理店の見積書を用意してくれるでしょう。最初に相談した旅行代理店が、他の旅行代理店の見積書を用意してくれるのです。結果的に旅行代理店A社が、B社、C社の価格調整した見積書を提出してくれます。A社が最も安く、B社、C社が高い見積書です。これは、もう官製談合と同じ構図です。
そして、この手法が一般化してしまえば、物件費を使う契約手続きでも、この「違法な相見積」が蔓延してしまいます。見積もり合わせで契約の相手方を選定する正しい手続きが、違法な相見積に脅かされてしまうのです。虚偽記載や官製談合が流行してしまうのです。
正しい考え方に基づく旅費請求手続き
出張旅費の請求手続きは、職員個人が官公庁へ請求するものです。そして、職員が旅行代理店を選ぶのは、個人の自由な判断です。官公庁側が、個人が自由に選んだ旅行代理店の選定手続きに介入すべきではありません。
旅行代理店は、職員個人の代理としてチケットや宿の手配をしているだけです。
つまり、職員個人が自由に選んだ旅行代理店については、複数の見積書は必要ないわけです。むしろ、複数の見積書を絶対条件にしてしまうと、上述した官製談合などを助長するだけです。複数の見積書を比較してはいけないのです。
ただ、職員個人が旅行代理店を選ぶのではなく、官公庁が、組織として旅行代理店を選ぶ際には、通常の契約手続きになります。例えば、海外でイベントを開催するなど、官公庁が自ら旅行代理店を選ぶ際には、一般競争入札や見積合わせが必要になります。物品購入契約や役務契約と同じです。旅費システムを構築するために旅行代理店を選ぶときも通常の契約手続きになります。
職員個人が自由に旅行代理店を選ぶのと、官公庁が契約の相手方として旅行代理店を選ぶのでは、全く違います。職員個人が自由に選ぶことに関しては、官公庁は関知してはいけません。余計なことをすると、新たな不正を生み出すだけです。
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