官公庁が、なぜ予定価格を秘密にするのか、根拠法令や秘密にする理由をわかりやすく解説します。競争入札では、開札の際に予定価格を落札上限価格とします。予定価格が事前に漏洩した入札例や、事前に予定価格を公表するメリット・デメリットです。
予定価格を秘密にする根拠法令
官公庁の運営には、国民の税金が使われています。貴重な税金が使われているので、事業を実施するための契約手続きは、法令に基づき適正に行なわなければなりません。
「適正な契約手続き」とは、会計法令などのルールに基づくものです。例えば一般競争入札で契約の相手方を選ぶなど、契約担当者の恣意的な判断を排除し、特定の民間企業だけが不当に利益を得ることを防止しています。
予定価格は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約、いずれの契約手続にも必要な書類です。特に競争入札を行うときは、予定価格を秘密にしなければなりません。根拠法令である予算決算及び会計令(予決令・・よけつれい)を確認します。
予算決算及び会計令
第七十九条 契約担当官等は、その競争入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書、設計書等によつて予定し、その予定価格を記載し、又は記録した書面をその内容が認知できない方法により、開札の際これを開札場所に置かなければならない。
「・・内容が認知できない方法・・」とは、具体的にどういう意味でしょうか?
この部分が、予定価格を秘密にしなければならない根拠法令です。「外から見えないように」という意味です。実務上はA4の紙で予定価格調書を作成し、折りたたんで厚手の封筒に入れて、密封し糊付けしておきます。漏洩防止のため開札直前まで厳重に金庫で保管します。
地方自治体では、各自治体で定めています。参考に東京都と大阪府の例です。東京都では封書に入れて見えないようにしています。
東京都契約事務規則
第十二条 契約担当者等は、一般競争入札により契約を締結しようとするときは、その競争入札に付する事項の価格を、当該事項に関する仕様書、設計書等(略)によつて予定し、その予定価格を記載した書面(略)を封書にし、開札の際これを開札場所に置かなければならない。ただし、財務局長が別に定める契約においては、当該入札執行前にその予定価格を公表することができる。
大阪府財務規則
第五十七条 契約担当者は、その一般競争入札に付する事項の予定価格を記載した書面をその内容が認知できない方法により、開札の際これを開札場所に置かなければならない。ただし、契約担当者が入札及び契約手続の透明性の向上を図るため必要があると認めて当該入札執行前にその予定価格を公表するときは、この限りでない。
予定価格の正式な書類名は、「予定価格調書」です。消費税を含んだ「予定価格総額」と、消費税を除いた「入札書比較価格」が記載されています。
予定価格調書の記載例です。A4版の横書きが多いです。官公庁の書類はファイリングしやすいようにA4版に統一されています。
予定価格調書
予定価格 ◯◯◯◯円(消費税込み)
内訳
入札書比較価格 ◯◯◯◯円
消費税相当額 ◯◯◯◯円支出負担行為担当官 ◯◯部長 ◯◯ ◯◯ 印
A4サイズの紙で作成し、三つ折りにして、中身が透けて見えない厚い封筒に入れます。のりで密封し、封印を押し秘密扱いとします。作成後は、開札時まで金庫で保管します。
予定価格を秘密にする理由
予定価格を秘密扱いとする理由は、同種の入札を後日実施する場合に、予定価格を推測されてしまうことを防ぐためです。「正常な価格競争が阻害される」という理由から秘密扱いにしています。
予定価格漏洩による談合や、贈収賄事件などの不正事件を防ぐためには、予定価格を事前に公表した方が安全です。しかし落札できる金額が事前にわかってしまうので、競争性が弱まることになります。
予定価格の秘密が守られた入札結果
例えば、予定価格が1千万円で、秘密が保たれているケースです。正常な入札例です。
A社、B社、C社の3社での入札
予定価格の秘密が守られている入札例
1回目の入札金額(予定価格を超えているため再度入札)
A社 1,200万円
B社 1,250万円
C社 1,400万円
2回目の入札金額(予定価格を超えているため再度入札)
A社 1,100万円
B社 1,030万円
C社 1,050万円
3回目の入札金額(A社が落札)
A社 800万円
B社 950万円
C社 990万円
3回目でA社に落札し、予定価格より200万円安く落札できたことになります。つまり、入札のメリット(競争による経済効果)として200万円安くなり落札率は80%です。
これは予定価格が公表されず秘密にされていて、入札者が予定価格を知らないので、各社とも自然に競争原理が働いた結果です。予定価格の秘密が守られてる場合は、再度入札の途中で、最安値の会社が変わるのが特徴です。
予定価格の秘密が守られていて、談合が行われているときは、最安値の会社が固定されることが多いです。いつ落札になるかわからないため、再度入札でも落札会社(一番安い会社)を固定する必要があるからです。再度入札で一番安い会社が同じ場合は、怪しくなります。もちろん偶然ということもありますが。
予定価格が漏洩したときの入札結果
次に、予定価格(1千万円)が漏洩(事前公開)したケースです。落札できる金額が判明しているので、各社とも最大限の利益を確保し、上限価格ギリギリで入札します。競争性が弱まっている状況です。
1回目の入札金額
A社 990万円
B社 995万円
C社 998万円
A社が1回目で落札(落札率99%)し、予定価格より10万円安く契約することになります。予定価格の範囲内で落札できるので、A社としては、初回の入札で自社の利益を最大限に確保した金額で入札します。B社もC社も可能な限り予定価格に近い金額で、利益を最大限にしようとします。(もし談合が行われていれば、B社もC社も離れた金額で入札するので、外見上はわかりません。)
入札を実施する官公庁側としては、予定価格を秘密にしていれば200万円の利益を得られるのに、予定価格が漏洩(あるいは事前公表)したために10万円の利益しか得られないわけです。利益というのは、落札上限価格である予定価格に対する想定利益です。この例では、予定価格漏洩(事前公表)による官公庁側の損失は190万円になります。
予定価格漏洩による談合
予定価格の漏洩は、談合へと繋がるケースが多いです。予定価格を事前に知ることができれば談合も容易です。入札者同士で落札金額を事前に打ち合わせし、談合が発見されないように3回目で落札することができます。予定価格を知っていて談合するときは、最安値の会社が途中で入れ替わります。入札書を見ただけでは、談合が全くわかりません。予定価格を事前に知っていれば、誰にもわからないように「完璧な談合が可能」です。そして予定価格に限りなく近い入札も可能になります。
予定価格の漏洩は、本来得られるであろう経済的な利益を喪失し、さらに談合事件や贈収賄事件に巻き込まれるリスクがあります。
予定価格の事前公表とリスク
予定価格漏洩などの犯罪を防ぐために、一部の地方自治体などでは、予定価格を事前に公表しているケースがあります。入札公告と同時に予定価格を公表しています。地方自治体は、国の法律とは異なり、それぞれの自治体で予定価格の取扱いを定めています。
予定価格を事前に公表する唯一のメリットは、予定価格漏洩の見返りに賄賂をもらい、贈収賄事件に巻き込まれるリスクを排除できることです。ただし公表された予定価格の範囲内で落札できてしまうので、競争性が十分に発揮されたか不明になります。デメリットとしては、本来の価格競争で得られる利益が喪失した可能性が高くなります。また予定価格を事前に公表しても、談合までは排除できません。むしろ予定価格を事前に知ることで、完全な談合ができてしまいます。
予定価格という落札上限価格が存在する限り、競争原理によって実施する入札の裏側に潜む闇は払拭できないのです。
現在は、インターネットが発達した情報社会です。予定価格の存在意義自体を見直す必要があると考えます。
筆者の提唱する透明契約制度、透明入札制度の実現のみが、あらゆる犯罪リスクを排除できます。
コメント