エレベーター事故と随意契約と安全性、競争が危険な事故を発生させる

国立競技場 随意契約
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競争意識と安全性

 

この世の中で、人の命ほど重要で大切なものは存在しません。

 

2012年10月、金沢市のホテルで、清掃作業員の女性が、外国製のエレベーターに挟まれ死亡した事故が発生しました。以前も同様の死亡事故が発生しており、テレビのニュースによれば、2006年6月に東京都港区の集合住宅で 男子高校生が死亡した事故のエレベーターと同型の部品が使用されていました。

 

なぜ、事故を未然に防ぐことができなかったのか、との報道がなされていました。

 

エレベーター事故のニュースを見るたびに、規制緩和による競争原理の導入と安全性は、相反する事実であることを思い出します。

 

30年ほど前の話になりますが、エレベーターの保守契約を担当していたときです。契約手続きの原則は入札なので、新しい建物の工事契約は、別の担当部署が、入札手続きによって決定していました。

 

価格競争によって、工事施工業者が落札し、エレベーターなどの設備も系列のメーカーが決定します。

 

建物が完成したときは、当然ながら新品のエレベーターです。部品も新品で磨耗していないので、ほとんど故障などの不具合は発生しません。例えば、自動車の新車を想像してもらえば理解しやすいですが、新しい車は故障など起こりません。

 

保守契約も入札へとの社会風潮

 

保守契約は、故障などの際に優先的にすぐ修理してもらえたり、故障や不具合が起こらないよう、事前に点検してもらう契約です。

 

エレベーターが新しいうちは、あまり気にしなくても故障しません。安全性を考える上で重要なのは、数十年経過した後の、部品などが磨耗し劣化した時期のエレベーターの点検や保守契約です。

 

その当時(1987年頃)は、随意契約によってエレベーターの製造メーカーと保守契約を直接締結するのが常識でした。何故なら、エレベーターの製造メーカーのみが、設備の構造を熟知していて、磨耗部品の交換時期や動作に必要な電子回路の点検を実施できるからでした。

 

ところが、規制緩和や随意契約を問題視する社会風潮もあり、エレベーターの保守契約を、メーカーでない第三者的な保守専門会社が請負うことができるようになりました。メーカーを退職(満期退職だけでなくリストラとして早期退職した技術者なども含まれる。)した技術者などが、再就職先としてエレベーター保守専門会社を設立したのです。

 

メーカー側としては、十分な最新知識を有していないエレベーター保守専門会社に危機感を持っていました。メーカーでない保守専門会社は、各メーカーを退職した技術者を集めて、安い人件費で、メーカーを問わずエレベーターの保守が可能と宣伝し、入札で安い金額を提示し、契約を獲得し始めたのです。

 

同時期に、新聞などのマスコミでは、エレベーターの製造メーカーが、独占禁止法違反の疑いがあるとの報道もありました。メーカーが、保守専門会社に対して、最新の技術情報やエレベータの部品を提供しないのは、自由な市場経済を阻害し、独占禁止法違反になるとの考え方でした。エレベーターの保守契約以外にも、規制緩和という言葉が頻繁にマスコミで使われていた時代です。

 

メーカー以外のエレベーター保守契約

 

私は、人命に関わるエレベーターの保守契約を、メーカーでなく、第三者の保守専門会社が本当に対応可能なのか不安になりました。エレベーターの点検保守契約について聞き取り調査を行いました。大手製造メーカー6社の営業担当者と保守作業責任者から実際に聞き取り調査を行ったのです。もちろん、公平性を期すために、メーカーとは関係のないエレベータ保守専門会社3社からも同じ内容で聞き取り調査を行いました。

 

その聞き取り調査は衝撃的でした。1週間ほど夜も眠れず悩み迷いました。

 

製造メーカー側の意見は、次のとおりでした。

 

エレベーターの保守契約は、大きく分けて2つあり、フルメンテナンス契約と部分メンテナンス契約があります。フルメンテナンス契約は消耗部品代金までが含まれていて、耐用年数まで、エレベータの安全性をメーカー側が保証します。部分メンテナンス契約は、部品代は含まれていませんが、部品代を別途購入することによって正常な運転をメーカーが保証します。

 

ところが、メーカーでない第三者の保守専門会社が点検・保守契約を実施した場合には、それ以後、メーカーとしては安全性の保証が困難になるとのことでした。

 

理由は、どのような内容で点検・保守をしたか不明となってしまい、メーカーとしては安全性を保証できなくなるということでした。

 

仮に、途中から、メーカーが点検保守契約を締結せざるを得ない場合には、その契約前にエレベーターのオーバーホール(新設工事に近い多額の契約金額)をしなければ対応困難とのことでした。

 

メーカー側としては、エレベーターは人命に係わる機械であり、安全性に責任を持つ契約を行うためには、当然の意見と感じました。

 

一方、メーカーでない保守専門会社の意見が、かなり衝撃的でした。

 

保守専門会社は、各メーカーを退職した技術者たちの組織で、各メーカーの保守作業の経験はありますが、最新の技術については定期的な情報収集が必要になります。

 

メーカーは、独占禁止法の関係から、エレベーターに関する情報を提供する義務があること、部品についても同様に提供する義務があるということを主張していました。

 

私は、この説明を聞き、メーカーの対応に頼らざるを得ない技術力に不安を感じました。

 

保守専門会社が、メーカーより安価に契約できるのは、当然ながら明確な理由がありました。

 

それは、余計な部分に費用をかけないからとのことでした。余計な部分というのは、メーカー側の考える、目に見えない安全性に対する費用のことでした。

 

例えば、エレベーターの安全な動作に必須で、一番重要なロープの経年劣化を考えてみます。

 

新設のエレベーターのロープが、1年や2年で切れるわけもなく、導入当初は、点検保守経費がほとんど必要ありません。また、保守専門会社は、コストを最も重視するため、費用がかかりそうな時期になれば、契約を辞退し受けないとのことでした。

 

つまり、保守専門会社は、エレベーターの故障が起こらないであろう期間、比較的新しいエレベーターの保守契約は、メーカーよりも安価に契約可能なので、積極的に入札などに参加して契約を獲得しますが、部品などが壊れそうな時期には、契約を避けて、入札に参加しないとのことでした。

 

ベテランの技術者は、部品を目で見れば、その状態がわかります。過去の経験から、1年後には交換が必要になるとかの判断が容易に可能とのことでした。

 

安全性よりもコストを重視するなら、法令で定められたエレベーターの点検を、最小限の費用で点検・保守が可能な保守専門会社は良い選択です。

 

しかし、目に見えない安全性は低くなります。あくまで競争原理に基づく費用削減(安全性は客観的な価値判断が不可能)です。

 

競争契約と安全性

 

私は、この実態を知り、公的組織や大規模な施設のエレベーターは、コスト意識よりも安全性を重視し、メーカーとの随意契約による保守契約が絶対に必要と思いました。

 

当時、入札による安価な契約は、人命に係わる重大な問題点を隠してしまうと確信した記憶があります。例え、契約金額が比較的に高額だとしても、人命を守るための安全性を優先させる契約を締結すべきと感じました。

 

もし、メーカー以外の安価なエレベーター保守専門業者と契約してしまい、その後、何年か経過し、部品が磨耗したり不具合が発生しそうな時期に、コストが合わないからと契約締結を逃げられてしまったら、人命に直接係わる重大事故が発生する恐れもあると思いました。

 

実際の原因は不明ですが、2012年のエレベータ事故は、保守専門業者との契約だったようです。

 

メーカーとの契約でなく、保守専門業者との契約が原因になっていたのかどうかなど、詳細な報道をマスコミにも期待したいところです。

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