ニュースで「18兆円規模の補正予算が成立」「新たな給付金が決定」といった言葉を耳にすることはありませんか?
「国の予算なんだから、最初から決めておけばいいのに」
「また借金が増えたんじゃないの?」
「で、結局私たちの手元にはいつお金が届くの?」
そんな疑問を感じている方も多いはずです。実は、補正予算は私たちの生活(電気代、ガソリン代、給付金)に直結する非常に重要な「緊急対応マネー」なのです。
この記事では、元公務員として官公庁の会計実務に携わってきた筆者が、教科書的な説明だけでなく、現場の裏側や最新の2025年(令和7年度)補正予算の中身まで、わかりやすく解説します。これを読めば、ニュースの背景にある「政治とカネ」の動きが、手に取るようにわかるようになります。
補正予算とは?わかりやすく「家の家計」で例えると
補正予算という言葉を難しく考える必要はありません。まずは私たちの身近な「家計」に置き換えて考えてみましょう。
当初予算(本予算)との決定的な違い
国や自治体の予算には、大きく分けて「当初予算(本予算)」と「補正予算」の2種類があります。
1. 当初予算(本予算)
これは、毎年4月から翌年3月までの1年間に使うお金の計画です。家計で言えば、「4月になったから、今年1年間の生活費やローンの返済、貯金計画を立てよう」というのが当初予算です。国会では通常、1月から3月にかけてじっくりと審議され、新年度が始まる4月1日までに成立します。
2. 補正予算
こちらは、年度の途中で計画を変更するために組む予算です。家計で言えば、「急に屋根が雨漏りしたから修理費が必要になった」「病気で入院費がかさんだ」「ボーナスが予想より多かったから旅行に行こう」といった、当初の計画にはなかった「想定外」の事態に対応するための修正プランです。
| 項目 | 当初予算(本予算) | 補正予算 |
|---|---|---|
| 性格 | 1年間の基本計画 | 緊急時の修正・追加計画 |
| 成立時期 | 3月末(4月からの執行) | 年度途中(随時) |
| 主な目的 | 通常の行政運営、社会保障 | 災害復旧、経済対策、物価高対応 |
| 審議期間 | 長い(約2〜3ヶ月) | 短い(数日〜数週間) |
なぜ「後出し」で予算を追加するのか?
「最初から完璧な予算を組んでおけば、補正なんていらないのでは?」と思うかもしれません。しかし、国の予算規模は100兆円を超え、関わる期間も長期にわたります。
例えば、自然災害です。2024年の能登半島地震のように、いつどこで大地震や台風が起きるかは誰にも予測できません。道路が崩れ、橋が落ちたときに、「当初予算に書いていないから来年の4月まで直せません」では、被災地の人々は生きていけません。
また、経済情勢の急変もあります。海外での戦争による原油価格の高騰や、急激な円安などは、1年前の時点では予測困難です。冬場の電気代が急騰して家計が苦しいとき、政府は「電気・ガス価格激変緩和対策事業」のような補助金を急いで出す必要があります。
つまり、補正予算とは、変化の激しい現代社会において、国民の命と生活を守るための「機動的なファイティングポーズ」そのものなのです。
2025年12月成立の補正予算は何に使われる?【最新トレンド】
ここからは、実際に2025年(令和7年度)の年末に成立した最新の補正予算を例に、その具体的な使い道を見ていきましょう。今回の補正予算は、一般会計の追加歳出額だけで約18兆3,000億円という巨額なものです。
これだけのお金が、一体何に使われるのでしょうか?大きく分けて3つの柱があります。
生活の安全保障・物価高への対応(約8.9兆円)
これが私たちの生活に最も直結する部分です。物価高、特にエネルギー価格の上昇から家計を守るための施策が詰め込まれています。
- 電気・ガス代の支援(5,296億円)
暖房需要が高まる厳冬期(1月〜3月使用分など)に合わせて、電気代や都市ガス代の値引きが行われます。請求書を見たときに「政府支援」としてマイナスされている金額の原資は、この補正予算です。 - 子育て世帯への給付金
「物価高対応子育て応援手当」などの名目で、低所得世帯や子育て世帯を対象とした給付金が盛り込まれています。ニュースで「〇〇円給付」と報じられるお金は、ここから出ています。 - 重点支援地方交付金の拡充(2兆円)
これは国が使い道を指定せず、自治体に渡す「自由度の高いお金」です。自治体はこのお金を使って、「学校給食費の無償化」や「地域限定のプレミアム商品券」「LPガス利用者への補助」など、地域の実情に合わせた支援を行います。
危機管理投資・成長投資(約6.4兆円)
今の生活だけでなく、将来の日本を強くするための投資です。
- 能登半島地震などの復旧・復興(7,417億円)
被災した道路、港湾、水道の復旧に加え、仮設住宅の建設費などが計上されています。災害からの復興はスピードが命であるため、補正予算の最優先事項の一つです。 - AI・半導体産業への支援
次世代半導体の量産支援(ラピダスなどへの出資)や、AI開発のためのスーパーコンピュータ整備など、経済安全保障の観点から巨額の資金が投入されます。これは「将来、日本が世界で稼ぐ力を取り戻す」ための種まきと言えます。
防衛力と外交力の強化(約1.6兆円)
不安定な国際情勢に対応するため、防衛装備品の調達や、自衛隊の施設整備などを前倒しで進める費用が含まれています。
このように、補正予算は単なる「穴埋め」ではなく、その時々の「国家としての優先順位」が色濃く反映されたメッセージなのです。
補正予算が成立するまでの流れと仕組み
補正予算は、当初予算とは違った独特のスピード感で動きます。官公庁の現場では、補正予算の時期になると「戦場」のような忙しさになります。
閣議決定から国会承認までのスピード感
当初予算は、各省庁が夏頃から要求を出し、財務省との壮絶な査定を経て、年末に政府案が決まり、年明けから3ヶ月かけて国会で審議します。
しかし、補正予算は「緊急」なので、そんなに時間をかけていられません。
多くの場合、秋から冬にかけて開催される「臨時国会」に提出されます。政府案の決定から国会での成立まで、早ければ数週間、時には数日で決まることもあります。
現場の公務員にとっては、まさに「短期決戦」です。昨日までなかった事業が急に決まり、「来月から給付を開始せよ」という命令が下るようなものです。それでもシステム改修や周知を間に合わせなければならないため、補正予算の裏側では膨大な残業が発生していることも事実です。
「15ヶ月予算」という考え方
ニュースで「15ヶ月予算」という言葉を聞いたことはありませんか?これは、国の会計特有のテクニックです。
通常、予算は4月から翌年3月までの12ヶ月で区切られます。しかし、景気が悪いときなどは、4月になってから新しい予算を使い始めるのでは遅すぎることがあります(「予算の空白期間、1月〜3月」ができてしまうため)。
そこで、前年度の1月〜3月に成立させる「補正予算」と、4月からの「新年度当初予算」を一体として考え、実質的に1月からの15ヶ月間、切れ目なく公共事業や経済対策にお金を流し続ける手法をとります。これを「15ヶ月予算」と呼びます。
これにより、建設業界などは仕事が途切れず、景気の下支え効果が期待できるのです。
そのお金はどこから来る?気になる「財源」の正体
18兆円もの大金を、国はどうやって捻出しているのでしょうか?「打ち出の小槌」があるわけではありません。ここが補正予算の最大の問題点でもあります。
税収の上振れと「使い残し」
まず充てられるのが、景気が良くて当初の予想より多く入ってきた「税収の上振れ分」です。2025年度補正予算では、約2.9兆円の税収増が見込まれています。
また、前年度の予算で使い切れずに余ったお金(決算剰余金)も、補正予算の財源として活用されます。
足りない分は「赤字国債」の発行
しかし、税収増や余り金だけでは、18兆円には到底届きません。ではどうするか?
足りない分は、借金である「国債(建設国債・赤字国債)」を発行して賄います。
2025年度補正予算では、なんと約11.7兆円もの新たな国債発行が計画されています。補正予算全体の6割以上を借金で賄う計算です。
「緊急だから仕方ない」という側面はありますが、補正予算のたびに数兆円、十数兆円単位で国の借金が積み上がっていく現状には、財政規律(お財布の紐)が緩んでいるのではないかという批判も強くあります。私たちは給付金をもらって喜ぶ一方で、そのツケを将来の増税や社会保険料アップという形で払う可能性があることを忘れてはいけません。
自治体の補正予算と実務の変化
国の補正予算が成立すると、次は地方自治体(都道府県・市町村)が動き出します。私たちが住む街の役所もまた、補正予算を組むのです。
国から地方への波及(タイムラグの理由)
ニュースで「給付金決定!」と流れてから、実際に振り込まれるまでに数ヶ月かかることがあります。これは「国会での成立」→「国から自治体への通知」→「自治体議会での補正予算成立」→「実務開始」というバケツリレーが必要だからです。
特に、国が用意した「重点支援地方交付金」などは、自治体が使い道を考えて議会の承認を得る必要があるため、どうしてもタイムラグが発生します。
実務担当者が知っておくべき「契約法令の改正」
ここで、自治体職員や公共事業を受注する企業の担当者向けに、少し専門的な情報をお伝えします。
補正予算の執行、特に災害復旧や年度末の駆け込み需要に対応するためには、契約手続きのスピードアップが欠かせません。
これに関連して、2025年(令和7年)4月1日から、「予算決算及び会計令」や「地方自治法施行令」が改正され、少額随意契約(業務効率化を目的に、複雑な入札手続きを省略して契約すること)ができる上限額が引き上げられています。
- 工事・製造の請負:250万円以下 → 400万円以下(国、都道府県・指定都市の場合)
- 財産の購入:160万円以下 → 300万円以下
この改正により、少額の修繕工事や備品購入であれば、時間のかかる入札手続きを省略して、迅速に業者へ発注できるようになりました。補正予算でついた予算を、年度内に素早く執行するための環境整備が進んでいると言えます。
まとめ:ニュースを読み解く「眼」を持とう
補正予算について、仕組みから最新事例まで解説してきました。
- 補正予算は、年度途中の「想定外」に対応する緊急修正プランである。
- 2025年度の補正予算は18兆円規模で、物価高対策(給付金・電気代)や災害復興がメイン。
- 成立スピードは速いが、その財源の多くは「赤字国債(借金)」に頼っている。
テレビやネットで「補正予算が成立しました」というニュースを見たら、単に「ふーん」と聞き流すのではなく、次の2点をチェックしてみてください。
- 「私へのメリットは何か?」(給付金はあるか、電気代は下がるか)
- 「将来へのツケはいくらか?」(国債をいくら発行したのか)
そして、自分の住んでいる自治体の広報紙やウェブサイトを確認してみてください。国の補正予算を受けて、あなたの街独自の「プレミアム商品券」や「省エネ家電買替補助金」などが募集されているかもしれません。
補正予算は、遠い永田町の話ではなく、私たちの財布の中身に直結しているのです。この仕組みを知っているだけで、政治のニュースが少し面白く、そして身近に感じられるはずです。

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