官公庁が取り交わす契約書の押印についての解説です。通常、契約当事者が集まって一緒に記名押印することはありません。契約書を郵送で送付したり、営業担当者が会社へ持ち帰って押印します。実務を担当していると、どちらが最初に押印すべきか迷うことがあります。会計法令で押印の順番が決まっているので注意しましょう。
契約書への押印は誰が行っているか
官公庁と民間企業が契約を締結するとき、一定金額以上(150万円など)の場合は、契約書を取り交わします。契約書の記名押印は、営業担当者に取りに来てもらったり、契約書を郵送で送り押印することが多いです。億単位の超高額な契約とか、調印式のようなセレモニーでない限り、契約当事者が一堂に集まって記名押印することはありません。
契約書の当事者(契約を締結する名義人)は、法人の代表者です。しかし代表者である会社の社長は多忙ですし、代表者印を社外へ持ち出すことも簡単ではありません。大企業になると、社長名の契約書押印が毎日多数あります。社長印を社外へ持ち出してしまえば業務が停滞します。
そのため日常業務で使う契約書の取り交わしは、社長が自ら押印するのではなく、営業担当者が社内決裁(稟議)などを経て代理で記名押印することが多いです。社長までの決裁を受け、営業担当者や総務担当者が押印するのが一般的です。
官公庁側も同じように、契約権限を持つ人から委任された担当者が押印します。国であれば、支出負担行為担当官等の契約権限を持つ人は官職指定されています。局長や部長などの幹部職員が支出負担行為担当官等として指定されていることが多いです。そして事務分掌規程などの内部規則で、支出負担行為担当官等から担当係長などへ記名押印の権限が委任されています。実際は係長や係員クラスが、契約書の取り交わしを担当し、押印しています。
契約を締結するときは、契約締結伺いを決裁書類として作成し、支出負担行為担当官等の承認を受けます。決裁を完了した後に、係長や係員が契約書へ公印を押します。
官公庁も民間企業も、契約を締結するときは内部決裁を受けて、担当者が契約書へ押印しています。
契約書の作成手順
契約書の作成手順は、通常、官公庁側の担当者が契約書の案文をワードなどで作成し、民間企業側へ内容の確認を依頼します。メール添付で相手方へ契約書の案文を送信することが多いです。
契約書の個々の条文について不明な部分や疑義があるときは、メールや電話などで打合せします。条文を修正することで大きな影響(リスクや負担など)があるときは、それぞれの担当者が上司へ相談します。最終的に合意できる契約書の案文が完成した後に、それぞれで正式な決裁手続きを行います。
官公庁側の決裁が完了した後、契約書を印刷して袋とじし、2通を民間企業側へ送付します。最初に民間企業で押印してから、2通を返送してもらいます。その後官公庁側で内容を最終確認して2通へ押印し、民間企業へ契約書1通を返送します。これが契約書の正しい取り交わし手順です。
契約書の取り交わし手順
1.官公庁側 契約書の案文を作成し、民間企業側へメール添付で送信
2.双方 個々の条文など契約書の内容を確認
3.双方 お互いに契約書の内容を合意した後に内部決裁
4.官公庁側 袋とじの契約書2通を作成し、民間企業側へ郵送(近くなら取りに来てもらう)
5.民間企業側 契約書2通へ押印し、官公庁側へ2通返送。
6.官公庁側 最終確認し、契約書2通へ押印、民間企業側へ1通返送
契約書の押印の順番については、国の会計法令で明確に定めています。次の規定により、最初に民間企業側が押印することを義務付けています。
契約事務取扱規則
第十四条 契約担当官等は、契約の相手方を決定したときは、遅滞なく、契約書を作成しなければならない。
2 契約担当官等が前項の契約書を作成する場合において、当該契約の相手方が隔地にあるときは、まず、その者に契約書の案を送付して記名押印させ、さらに、当該契約書の案の送付を受けてこれに記名押印するものとする。
3 前項の場合において、契約担当官等が記名押印をしたときは、当該契約書の一通を当該契約の相手方に送付するものとする。
なお地方自治体では、明確に定めている自治体と、定めていない自治体があります。ただ、国民の税金を使うという趣旨からすれば、最終確認は官公庁側が行う方が安全です。参考に東京都の例です。国の契約事務取扱規則と同じ内容です。
東京都契約事務規則 第三十六条 第二項
2 契約担当者等は、前項の契約書を作成する場合において、当該契約の相手方が隔地にあるときは、まず、その者に契約書の案を送付して記名押印させ、さらに当該契約書の案の送付を受けてこれに記名押印するものとする。
3 前項の場合において、記名押印が完了したときは、当該契約書の一通を当該契約の相手方に送付するものとする。
契約書の押印手続きの流れ
契約書の押印手続きをくわしく解説します。
官公庁側の契約担当者が、契約年月日と契約当事者の氏名を記載した契約書を2通作成します。印刷して仕様書などの関係書類と一緒に袋とじします。袋とじする理由は、差し替え防止のためです。契約内容を改ざんされないよう袋とじにします。契約書の袋とじを終えた段階では、まだ押印しません。押印は、上記の契約事務取扱規則で定めているように、民間企業側が先に押印します。
契約の相手方である民間企業側へ、契約書2通を郵送します。事前に電話してから、簡易書留などで郵送するのが安全です。もし営業担当者が近くに立ち寄ることがあれば、取りに来てもらって手渡しの方が良いです。
押印は、最初に民間企業側で契約書2通に押印します。印紙税が必要なときは1通のみに貼付します。押印した2通を官公庁側の契約担当者へ郵送します。(簡易書留、あるいは持参が安全です。)
官公庁側の契約担当者は、民間企業側の記名押印を確認し、決裁完了後の契約書案文と照合して内容を最終確認します。契約書案文と一字一句同じ内容かを確認してから、契約書2通へ押印します。ここで両者の押印が完了します。印紙税が貼付してない方の契約書を、民間企業側へ返送します。官公庁は印紙税法上の非課税法人なので、民間企業側へ返送する方の契約書には印紙税は不要です。なお民間企業へ渡す前に、押印済の契約書のコピーを取っておきます。(渡す方のコピーを取るのも、改ざん防止のためです。)
なぜ民間企業が先に押印するのか
注意したいポイントは、契約書へ押印するときの順番です。官公庁側は最後に押印します。契約を確定する最終判断を官公庁側が持つためです。官公庁側が契約手続きの安全性を保持しています。
通常は考えられませんが、先に官公庁側が押印して民間企業側へ郵送してしまうと、民間企業の営業担当者が悪質な詐欺を行おうとした場合に、契約内容を書き換えることを許してしまいます。その結果、官公庁側に不利な契約が確定してしまう恐れがあります。
ワードなどで印刷してある契約書でも、数字や文字を書き加えたり、削ることが物理的に可能です。金額や内容が、官公庁側に不利に書き換えられることも否定できません。最後に官公庁側が最終確認して押印すれば、書き換えは不可能です。契約書の条文を最終確認した時点で官公庁側が押印するので、万が一、その後に民間企業側が書き換えても、官公庁側が保存している契約書は書き換えできません。官公庁側が改ざんを防止できるのです。
また公印の不正使用防止のためにも、押印の順番が重要です。先に官公庁側が押印して郵送してしまうと、その押印部分だけ他の契約に使われる恐れがあります。例えば民間企業側から、「契約書が届いてないので再度押印した契約書を送って欲しい」と言われると、かなり危ないです。
もちろん信頼できる民間企業の営業担当者なら心配無用のことですが、官公庁側は国民の税金を使うので、より安全でなければなりません。
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