官公庁の契約手続きにおいて、「予定価格」の作成は極めて重要な業務の一つです。
これから初めて契約実務を担当する方や、日常的に入札や随意契約の事務を行っている担当者の中には、どのように適正な予定価格を算出すればよいのか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
予定価格は、国や地方自治体が契約の相手方を決定する際の上限額となるものであり、その算出根拠は会計法令に基づいて客観的かつ適正でなければなりません。
この記事では、官公庁の会計実務担当者に向けて、予定価格の基礎知識から、仕様書に基づく市場調査のやり方、参考見積書の活用法、そして具体的な予定価格の作成方法までをわかりやすく詳細に解説します。端数処理のルールや予定価格を秘密にする理由、2025年(令和7年)の随意契約基準額改正に関する最新情報など、実務でつまずきやすいポイントも網羅しています。日々の業務負担を軽減し、自信を持って適正な契約手続きを進めるための参考にしてください。
官公庁における予定価格とは何か:契約手続きの基本
予定価格の法的な定義と役割
官公庁の契約手続きでは、契約の相手方を決定する際にあらかじめ「予定価格」を作成することが法律で義務付けられています。
予定価格とは、国や地方自治体が契約を締結するにあたり、対象となる物品の購入やサービスの提供などに対して支払うことのできる上限金額のことです。
一般競争入札や指名競争入札において、参加者が提示した入札金額がこの予定価格の制限の範囲内でなければ、落札者となることはできません。
予算決算及び会計令などの規定によれば、官公庁の契約担当者は、競争入札に付する事項の価格を取引の実例価格、需給の状況、履行の難易等を考慮して適正に定めなければならないと定められています。
税金を適正に執行するため、市場の動向を反映した妥当な金額を事前に見積もっておくことが、予定価格の最大の役割です。
予定価格と予定価格調書の違いと取り扱い
実務を行っていると、「予定価格」と「予定価格調書」という言葉が混同して使われることがあります。これらは明確に意味が異なります。
予定価格は算定された金額そのものを指す概念であり、予定価格調書はその予定価格を記載した公的な書面(書類)のことです。
会計法令では、予定価格調書を封筒に入れて厳重に封かんし、内容が認知できない方法で開札の際に開札場所に置かなければならないと規定されています。
ただし、契約金額が少額の場合(例えば国の場合、250万円以下の契約など)は、契約書の作成を省略できるのと同様に、予定価格調書の作成も省略できる場合があります。
しかし、ここで注意すべきは、調書の作成が省略できても、予定価格そのものを算定しなくてよいわけではないという点です。
書面としての調書を作らなくても、カタログや定価表の余白へメモ書きで値引率などを記載するなど、必ず事前の市場調査に基づいた適正な予定価格を算出しておく必要があります。
予定価格を作成するための事前準備:仕様書の重要性
明確な仕様書の作成がすべてのスタート
予定価格を作成するための第一歩は、詳細かつ明確な仕様書の作成です。
仕様書には、官公庁側が求める物品の性能、型式、数量、納入場所、納期、支払い条件、契約不適合責任(旧民法における瑕疵担保責任)や保証期間などが詳細に記載されます。この仕様書が曖昧であれば、適正な予定価格を見積もることは絶対に不可能です。
仕様書は、民間企業に対して価格の提示を求めるための設計図です。もし仕様書の内容に漏れがあったり、表現が不明確であったりすると、各社からの回答額に大きなばらつきが生じてしまいます。
例えば、搬入設置費や古い機器の撤去費用が含まれているかどうかが明記されていなければ、企業によって見積もりの前提条件が変わってしまい、正しい価格比較ができません。
予定価格は仕様書に基づいて作成されるため、まずは誰が見ても契約内容や前提条件が正しく理解できる仕様書を完成させることが最も重要な準備作業となります。
市場価格の調査:参考見積書と見積書の違い
仕様書が完成したら、次に行うのが市場調査です。
予定価格は架空の金額であってはならず、実際の取引実例価格や需給の状況などを考慮して適正に定めなければならないと法令で規定されています。
具体的には、定価表や製品カタログ、インターネット上の販売価格などを調べるとともに、複数の販売会社から「参考見積書」を提出してもらうのが一般的な手法です。
ここで実務上極めて重要なのが、「契約の申込み」としての正式な見積書と、価格調査のための「参考見積書」の違いを正しく理解して使い分けることです。
予定価格を作成する段階で集めるのは参考見積書です。企業へ依頼する際は、契約を前提としない一般的な取引価格の確認であることを明確に伝え、通常の取引価格(大幅な特別値引きを含まない安全圏の金額)で提出してもらいます。
なお、昨今「下見積書」という言葉が使われることがありますが、これは正式でない金額という意味合いが含まれ、予定価格の客観的な根拠資料としては不適切です。必ず正式な取引価格を示す参考見積書を徴取するようにしてください。
予定価格の具体的な算定方法とアプローチ
予定価格を作成する手法には、大きく分けて「市場価格方式」と「原価計算方式」の二つが存在します。契約の内容に応じて適切な方式を選択します。
市場価格方式:カタログや定価表、取引実例価格の活用
物品の購入や、既に市場に広く流通しているサービスの提供(市販のソフトウェア購入など)を受ける場合に多く用いられるのが市場価格方式です。これは、事前の市場調査で集めた実際の取引実例価格やWEB上の市場価格をベースに予定価格を決定する方法です。
具体的には、仕様書に基づき複数社から取り寄せた参考見積書や、メーカーの定価表、カタログ価格を比較検討します。最も一般的な手順は、集めた参考見積書のうち、最低価格を参考にして予定価格を設定するやり方です。
原価計算方式:人件費などの積み上げ計算
一方で、施設管理などの役務契約、独自のシステム開発、特殊な機器の製造契約など、市場に全く同一のサービスや製品が存在しない場合は、原価計算方式を採用します。
原価計算方式では、業務を構成する要素ごとに細かく費用を積み上げていきます。例えば、業務に従事する作業員の人件費、材料費、外注費、交通費や消耗品費などの直接経費、そして企業の一般管理費や適正な利益などを合算して総額を算出します。
特に人件費の計算は複雑です。業務従事者本人へ支払う基本給や手当だけでなく、事業主が負担すべき法定福利費を正確に計算して加算しなければなりません。
法定福利費には、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、労災保険料、子ども・子育て拠出金などが含まれます。月給総額をベースに、これらの料率を掛け合わせて算出します。
各種保険の料率は毎年のように改定されるため、厚生労働省や協会けんぽの最新の料率表を確認しながら慎重に積算を行う必要があります。
会計法令に基づく予定価格作成の厳格なルール
消費税と各種経費の取り扱い
予定価格を作成する際、消費税や端数処理の扱いで迷うことがよくあります。
まず、予定価格は原則として「消費税込み」の総額で作成します。ただし、入札書に記載される金額は税抜きの価格であるため、予定価格調書には税込みの予定価格と、入札書と比較するための税抜き価格(入札書比較価格)の両方を併記しておくのが実務上の基本ルールです。
また、納入に必要な経費(運搬搬入費、設置調整費、梱包材廃棄費など)も、仕様書に記載している場合は、予定価格の中にすべて合算しなければなりません。これらが漏れていると、予定価格が不当に低くなり、結果として入札が不調に終わる原因となります。
端数処理の考え方と実務上の対応
原価計算の過程で、割り切れずに小数点以下の端数が発生することがあります。積算途中の端数処理については、各組織の運用ルールや他の関連法令(社会保険料の計算ルールなど)に従うことになります。
基本的な考え方として、積算の途中では極力端数処理を行わず、正確な数値を保持したまま計算を進めます。そして、最終的な合計金額の段階で小数点以下を切り捨てるのが安全かつ一般的な処理方法です。
端数処理のルールが法令で明確に定められていない部分もあるため、過去の作成例などを参考にしつつ、一貫した計算方法を採用することが求められます。
予定価格を絶対に秘密にする理由と漏洩リスク
作成した秘密扱いの予定価格は、絶対に外部に漏らしてはいけません。会計法令でも予定価格を秘密にすることが厳格に定められています。
予定価格が漏洩すると、入札参加者がその上限額ギリギリで入札を行ったり、業者間で事前に価格調整を行ったりする官製談合の温床になります。予定価格の漏洩は、公正な競争を根本から破壊し、税金の無駄遣いに直結するため、非常に厳しく罰せられる行為です。
そのため、予定価格調書は封筒に入れて厳重に金庫で保管し、開札の瞬間まで誰もその内容を確認できないように管理されます。民間企業からの電話での問い合わせや、日常的な会話の中でのヒント出しなども絶対に行わないよう、日頃から強い緊張感を持って情報管理に努めなければなりません。
令和7年(2025年)の法令改正と随意契約の活用
少額随意契約の基準額引き上げとその影響
2025年(令和7年)4月1日より、予算決算及び会計令と地方自治法施行令の一部改正が施行され、少額随意契約によることができる金額の上限が引き上げられました。
国の場合、これまでは工事契約が250万円以下、物品購入が160万円以下でしたが、改正により工事・製造契約は400万円以下、物品購入契約は300万円以下、役務契約は200万円以下へと拡大されました。地方自治体においても地方自治法施行令の改正により、同様に基準額が引き上げられています。
この基準額の引き上げにより、一般競争入札という煩雑で時間のかかる手続きを経ずに、複数社からの見積もりを比較する「見積もり合わせ」によって迅速に契約相手を決定できる範囲が大きく広がりました。
これにより、事務の効率化が図られる反面、契約担当者には適正な相手方選定と、正確な予定価格の把握が一層求められることになります。
単価契約の仕組みと予定価格の考え方
官公庁の契約には、総額で契約する総価契約のほかに、数量が確定できない場合に用いられる「単価契約」があります。公用車のガソリンや施設の重油など、実際に使用する量が事前に確定できないものが該当します。
単価契約であっても、予定価格の作成は必要です。この場合、1単位あたりの「予定単価」を作成し、それに年間などの「予定使用数量」を掛け合わせて予定価格を算出します。この合計の予定価格が、一般競争入札にするか少額随意契約にするかの判断基準となります。
単価契約は、発注の都度契約手続きを繰り返す事務負担を大幅に削減できるため、継続的な取引において非常に有効な手段です。予定価格を作成する際は、前年度の実績数量などを根拠にして適正な予定数量を見積もることがポイントです。
業務効率化と適切な会計事務を目指して
過去の契約実績や類似案件の参考
予定価格の作成は手間と正確性が求められる作業ですが、効率化するコツもあります。最も有効なのは、過去の同種契約の実績を最大限に活用することです。
前年度に同じような物品を購入していたり、類似の業務委託を行っていたりする場合、その際の契約単価、仕様書、そして予定価格の積算根拠が必ず決裁書類として保存されているはずです。
これらの過去資料を引っ張り出し、現在の物価水準、消費税率の変動、法定福利費や最低賃金の改定などを反映させることで、ゼロから積算するよりもはるかに早く、かつ正確な予定価格を作成することができます。
複数人でのチェック体制の構築と合議
少額随意契約での「見積もり合わせ」の比較検討は、担当者一人の恣意的な判断を排除するため、必ず複数人で行うことが重要です。
仕様書の作成段階で、係長や他の担当者と確認作業を行い、決裁の手続きにおいて関連部署へ合議を回すことで、組織全体としての客観性と透明性を確保します。
このようなチェック体制を構築することは、後日行われる検査などの際にも、契約手続きが適正かつ公正に行われたことを客観的に証明するための強力な後ろ盾となります。
官公庁の会計実務は、法律や規則に縛られた複雑なものですが、その背景にある「国民の税金を適正に使う」という大原則を理解すれば、一つひとつの手続きの意味が見えてきます。本記事で解説した予定価格作成のポイントをしっかりと押さえ、明日からの契約実務に自信を持って取り組んでください。

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