「書類は揃っているはずなのに、なぜ調査官の手が止まるのだろう?」会計実務の現場で、そんな冷や汗をかいた経験はありませんか。その沈黙の原因、実は「日付」にあるかもしれません。金額や契約内容は完璧でも、日付の矛盾一つで、すべての事務処理が「不適正」と判断されてしまう怖さが、官公庁会計には潜んでいます。
見積書、納品書、請求書、そして契約書。これらの書類に刻まれた日付は、単なる記号ではなく、事務処理が適正に行われたことを証明する唯一のタイムラインです。逆に言えば、日付の不整合は、手続きの不備や、時には隠蔽工作さえも雄弁に語ってしまいます。
本記事では、会計検査院の調査官が真っ先にチェックする「日付の魔力」について、実務担当者の視点から解説します。「3点セット」の落とし穴や、年度末特有の「3月31日の壁」、そして絶対にやってはいけない「遡及契約」の真実。これらを知ることで、あなたの作成する書類は、指摘を恐れる書類から、適正な業務を証明する「鉄壁の盾」へと変わります。
鉄則!「契約手続きの時系列」を守る
官公庁の契約手続きには、絶対的な「時系列の鉄則」が存在します。この順番が入れ替わることは、論理的にあり得ない、つまり「不適正な処理」とみなされます。

基本的な4つのステップ
原則として、以下の順番で日付が並んでいなければなりません。
- 見積書の日付(意思決定の前)
- 決裁日・契約日(意思決定・合意)
- 納品書の日付(履行)
- 請求書の日付(履行確認後)
調査官の視点:見積日が契約日より後になっていないか?
最も初歩的かつ致命的なミスが、「見積書の日付」が「契約日(発注日)」より後になっているケースです。
見積書は本来、「いくらで契約するか」を判断するための判断材料(契約の申し込み)です。したがって、契約を決定する日(決裁日)や、相手方と合意する日(契約日)よりも前、あるいは同日でなければなりません。
もし見積日が契約日より後であれば、「金額が決まる前に発注した(=業者と言い値で契約した)」か、「後から帳尻合わせで作らせた書類である」と判断されます。これは、競争性や公平性を担保する手続きが形骸化している証拠として指摘されます。
「3点セット」同日作成のリスク
業者が気を利かせて、あるいは指示通りに、見積書・納品書・請求書のすべてを「納品日」と同じ日付で作成してくることがあります。しかし、これは会計検査院や外部の監査において格好の標的となります。
実務の現場でよく聞かれる「3点セット」という言葉があります。見積書、納品書、請求書の3つを指しますが、これを安易に「3点セットで提出してください」と業者に依頼することは非常に危険です。
「日付の操作」を疑われる瞬間
- 見積書: 発注前の検討段階で提示されるべきもの。
- 納品書: 物品を納入したその瞬間の日付。
- 請求書: 納入後の検収(検査)が完了した後に発行されるもの。
これらがすべて同日であることは、物理的には可能でも、事務処理としては不自然です。特に、「発注前に価格を検討した形跡がない」とみなされるリスクがあります。正しい依頼方法は「3点セットで」ではなく、「それぞれの事実に基づいた日付で作成してください」と伝えることです。
最大のタブー「遡及(そきゅう)契約」
会計実務において、絶対に避けなければならないのが「遡及契約(バックデート)」です。これは、実際には業務が始まっているにもかかわらず、契約手続きが遅れ、書類上の日付だけを過去にさかのぼって作成する行為です。
「決裁日」の魔力
契約書の日付はもちろんですが、調査官は「決裁日(起案日)」を厳しくチェックします。
契約とは、組織としての意思決定(決裁)を経て初めて締結できるものです。したがって、「決裁日」は必ず「契約日」以前でなければなりません。
- 適正: 決裁日(4/1)→ 契約日(4/1)→ 業務開始(4/1)
- 不適正: 業務開始(4/1)→ 契約日(4/20)※日付を4/1に改ざん → 決裁日(4/15)
もし、契約書の日付を4月1日にバックデートさせたとしても、役所内部の決裁文書の日付が4月15日であれば、「4月1日から14日までは無契約状態で業務をさせた(予期専行)」という動かぬ証拠となります。これは重大な法令違反であり、業者の権利義務関係や、事故が起きた際の責任所在が不明確になるため、厳しく指摘されます。
年度末「3月31日」と「4月1日」の壁
官公庁会計には「会計年度独立の原則」があり、3月31日と4月1日の間には決して越えられない壁が存在します。
検査(検収)の日付が命運を分ける
物品の購入や委託業務において、納品が3月31日に行われたとしても、「検査(検収)」が4月1日になれば、それは翌年度の支出となります。
「給付の完了の確認(検査)」が終わって初めて債務が確定し、予算を執行できるからです。
年度末の繁忙期、納品物が山積みになる中で検査が追いつかず、書類上だけ「3月31日検査完了」とすることは、事実と異なる虚偽公文書作成にもつながりかねない危険な行為です。調査官は、納品書の受領印、検査調書の日付、そして実際の資産台帳登録日などを突き合わせ、本当に年度内に完了しているかを執拗に確認します。
担当者が今日からできるセルフチェック
会計検査で指摘を受けないためには、書類を受け取ったその場で「日付の整合性」を確認する癖をつけることが最良の防御策です。
- 時系列は正しいか?
(見積日 ≦ 決裁日 ≦ 契約日 ≦ 納品日 ≦ 検査日(検収日) ≦ 請求日) - 未来の日付になっていないか?
(作成日が提出日より未来になっているなど) - 年度内に完了しているか?
(3月31日までに検査合格しているか)
日付は、単なる数字の羅列ではありません。適正に事務を行ったことを証明する、担当者にとっての「身を守る盾」なのです。

コメント