官公庁の契約手続きは、公平性や透明性を確保するための厳格なルールが設けられています。なかでも入札は、より安く契約できるというメリットがあります。しかし、入札が成立せず「入札不調」となるケースも少なくありません。その主な原因は、予定価格が市場の実態に合わないことや、条件が厳しすぎることです。このような状況では、事業の進行が遅れたり、追加の対応が必要となるため、迅速かつ適切な対処が求められます。
本記事では、入札不調が発生する背景や主な原因を解説するとともに、不調時の一般的な対応方法について詳しくご紹介します。また、不落随意契約への移行や価格交渉の進め方、実務上の注意点についても触れ、法令遵守や透明性の確保の重要性を強調します。入札や契約に関わる担当者にとって、具体的で実用的な情報を提供する内容となっています。
はじめに
官公庁では、道路や学校の建設、公立病院の医療機器購入など、多くの事業を行っています。これらの事業を進める際、適切な相手方を選び、公正な価格で契約を結ぶことが重要です。そのために用いられるのが「入札制度」です。
入札制度の概要
入札制度とは、官公庁が事業を実施する際、入札によって複数の者から見積もりを募り、最も適した者を選定する仕組みです。これにより、税金の無駄遣いを防ぎ、公平・公正な取引を確保します。入札には主に以下の種類があります。
一般競争入札: 広く参加者を募集し、入札参加資格などの条件を満たす全ての者が参加できます。最も一般的な方法で、公平性が高いとされています。
指名競争入札: 官公庁が特定の会社を10社ほど指名し、その中から選定します。特定の技術や実績が求められる場合に用いられます。
入札不調の背景
しかし、入札が常に順調に進むわけではありません。入札を行っても、落札者が決まらない「入札不調」という状況が発生することがあります。主な原因として、以下が挙げられます。
予定価格の設定: 官公庁は事前に予定価格を設定します。しかし、この価格が市場の実情と合わない場合、採算を取れず、入札を辞退することがあります。
参加者の不足: 特定の技術や条件が厳しすぎると、参加できる会社が限られ、結果として入札が成立しないことがあります。提出書類を作成する時間が不足する場合も含まれます。
情報不足: 入札情報の周知が不十分だと、入札の存在自体を知らず、参加者が集まらない場合があります。入札公告期間が1週間未満など、極端に短い場合です。公平性の観点からも問題があります。
入札不調が発生すると、事業の進行が遅れ、追加の手続きや再度の入札公告が必要となり、官公庁にとっても入札参加者にとっても負担が増大します。そのため、入札制度の適切な運用と、事前の十分な市場調査が重要となります。
入札不調の定義とその影響
官公庁が行う入札で、落札者が決まらない状況を「入札不調」と言います。これは、入札に参加する者がいなかったり、参加者がいても提示された価格が高すぎて予定価格を超えてしまい、契約に至らない場合を指します。
入札不調が発生する4つの主要原因
入札不調が起こる主な原因として、以下の点が挙げられます。
1. 予定価格の設定が低すぎる: 官公庁は事前に予定価格を設定しますが、この価格が市場の実情や採算ラインと乖離していると、会社側は入札に参加しづらくなります。特に、労務費や資材価格が急激に高騰している場合、予定価格が実際のコストに見合わず、入札が不調になることがあります。
2. 人手不足や資材不足: 建設業界では、技術者や作業員の不足、資材の供給難などが影響し、会社側が新たな案件に対応できない状況が生じます。その結果、入札への参加を見合わせる会社が増え、入札不調につながることがあります。オリンピックなどの大規模なイベント、地震や大雨などによる大災害なども影響します。
3. 地理的要因: 作業現場が遠隔地にある場合、移動や宿泊などの追加コストが発生します。これらのコストが予定価格に反映されていないと、会社側は採算が取れないと判断し、入札を避けることがあります。
4. 入札条件の厳しさ: 技術的要件や履行期限などの条件が厳しすぎると、対応可能な会社が限られ、結果として入札不調になることがあります。提出書類を作成するための十分な期間がないことも含まれます。
入札不調の影響と対応
入札不調が発生すると、事業の進行が遅れるだけでなく、再度の入札公告手続きや随意契約の価格交渉など、追加の対応が必要となります。特に、再度の入札公告を行う場合、公告期間を短縮することが認められていますが、それでも市場調査を再度やり直すなど、手続きには時間がかかります。
また、入札不調後に随意契約(不落随契)に移行する際には、最初の入札時に定めた予定価格やその他の条件を変更できないため、価格交渉が難航することもあります。
入札不調は、官公庁の事業推進において避けたい事態です。その主な原因は、予定価格の設定が市場実勢と乖離していることや、業界の人手不足、資材価格の高騰などです。これらの要因を考慮し、適切な予定価格の設定や入札条件の見直しを行うことで、入札不調の発生を防ぐことが求められます。
入札不調時の対応方法
官公庁の入札で落札者が決まらない「入札不調」が発生した場合、以下の対応方法があります。
再度の入札公告実施
入札不調時、まず再度の入札公告を検討します。これは、仕様書などの入札条件や予定価格を見直し、再び入札参加者を募る方法です。再度の入札公告を行うことで、より適切な契約相手を選定できる可能性があります。ただし、手続きには時間がかかるため、事業の進行に影響を与えることも考慮する必要があります。入札をやり直す場合、2~3か月契約が遅れます。
随意契約への移行
再度入札(入札会場で入札を繰り返すこと、入札をやり直す再度公告入札とは異なります。)でも落札者が決まらない場合や、履行期限に余裕がないなど、時間的制約がある場合、随意契約への移行が検討されます。随意契約とは、特定の会社と直接価格交渉して契約を結ぶ方法です。この際、最初の入札時に定めた予定価格や条件を変更せずに価格交渉を進める必要があります。価格交渉を行い、予定価格内での契約締結を目指します。
入札手続きのやり直し
価格交渉でも合意に至らない場合は、仕様書や予定価格を再検討し、最初から入札手続きをやり直す再度公告入札になります。この場合、市場調査を再び行い、仕様書を見直し、入札者が参加しやすい環境を整えることが重要です。
入札不調時の対応は、事業の進行や法令遵守の観点から適切に判断し、迅速かつ的確な対応が求められます。
随意契約への移行と価格交渉
官公庁の入札で落札者が決まらない場合、随意契約に移行して価格交渉を行うことがあります。この際の手続きや交渉の進め方について詳しく説明します。
随意契約への移行手続き
1. 入札不調の確認: 入札が不調に終わったことを正式に確認します。入札会場で「入札を打ち切る」ことを宣言します。これは、入札に参加した者がいなかった場合や、2回目、3回目の再度入札を実施しても、入札価格が予定価格を超えた場合です。
2. 随意契約の検討: 入札不調後、再度の入札公告を行うか、随意契約に移行するかを検討します。入札価格と予定価格の乖離が大きい場合は、再度入札公告して仕様書や予定価格を見直す方が良いです。金額の乖離が小さければ価格交渉を目指します。事業の緊急性や市場状況を考慮し、最適な方法を選択します。
3. 交渉相手の選定: 随意契約を行う場合、適切な相手方を選定します。通常、入札参加者の中から選ぶことが多いです。1番札、2番札の順に価格交渉を行います。ただ、状況に応じて入札参加者以外を検討することもあります。
4. 価格交渉の開始: 選定した会社と価格交渉を開始します。この際、入札時の予定価格や契約条件を基に交渉を進めます。
価格交渉の進め方
予定価格の遵守: 不落随契のための価格交渉では、入札時に設定した予定価格を超える契約は認められません。そのため、交渉は予定価格内で行う必要があります。また秘密扱いの予定価格では金額を具体的に提示できません。そのため、「これ以上の値引きは無理、という思い切った金額でお願いします。」としか伝えることができません。
契約条件の維持: 価格交渉時に契約条件を変更することはできません。ただし、納入期限や完了期限などの履行期限を変更することは可能です。
交渉の透明性: 交渉内容や経緯を詳細に記録し、後日の確認や対外検査に備えます。これにより、透明性を確保します。
営業担当者の役割と上層部との関係を把握
営業担当者の裁量範囲: 営業担当者は、上層部から与えられた値引きの許容範囲内で入札を行います。この範囲を超える値引きは、営業担当者の判断だけでは行えません。会社に持ち帰って検討することになります。
上層部との協議: 裁量範囲を超える値引きが必要な場合、営業担当者は上層部と協議することになります。
随意契約への移行と価格交渉は、法令を遵守しつつ、適切な手続きを踏むことが求められます。営業担当者と上層部の関係も考慮しつつ交渉を進めることで、円滑な契約締結が可能となります。
価格交渉が可能な理由
入札不調後に随意契約へ移行する場合、より柔軟な価格交渉が可能になります。ただ価格交渉では、営業担当者の裁量が限られていることも考慮しなくてはなりません。社内の意思決定プロセスや上層部の関与が深く関わっています。以下にその詳細を解説します。
営業担当者の裁量の限界
そもそも官公庁が実施する入札では、会社の代表者1名のみが参加できます。契約を締結する権限を持つ者のみで入札を実施します。通常は営業担当者が多いです。入札に参加する営業担当者は、社長から入札の権限を与えられた代理人として参加します。そして入札時には、営業担当者が社長から指示された値引きの許容範囲内で入札します。例えば、社長から「4割引きまで値引して良い」というように許容範囲が指示されます。
他社との競争が激しい場合でも、その範囲を超えた値引きを営業担当者は行うことはできません。一定の裁量が与えられているものの、営業担当者には、会社全体の利益を守る必要があるのです。赤字ばかりの契約を獲得してきても会社は潰れてしまいます。
また、少ないケースではありますが、会社の代表者が入札へ参加することもあります。代表取締役社長が参加するのです。比較的小さい会社の場合は社長自らが入札へ参加します。社長であれば自分ひとりの判断で契約金額を決定できます。価格交渉も社長と直接なら簡単にまとまると思うかもしれません。ところが、そう簡単ではありません。
通常、社長は経理の細かいことまで把握していないことが多いです。そのため社長との価格交渉でも、「一度会社に持ち帰って、担当者たちと相談したい」というケースは珍しくありません。
いずれにしても価格交渉のときには、相手方の立場や状況をきちんと理解し、無理しない範囲でお願いするしかないのです。
随意契約での価格交渉が可能な理由
価格競争のための入札で、落札しなかったのだから、それ以上の値引きは無理ではないか?
このように感じる人が多いかもしれません。
しかし、入札時には営業担当者の裁量の範囲内でしか入札できません。利益の少ない契約であれば辞退するのが営利企業です。利益にならないことを続けていたら会社は倒産してしまいます。
つまり、入札で落札できなかった場合でも、さらに値引きの余地はあるのです。
社内の意思決定プロセスの柔軟性
1. 再交渉の準備
営業担当者は、入札不調に伴う随意契約の交渉が始まる際に、上層部と連携して価格の再検討を行います。例えば、以下のような検討が行われます。
他社の入札額や市場価格を基にした価格設定の妥当性の再検討
必要に応じた納期の調整
2. 社内の承認プロセス
営業担当者が随意契約で提示する新たな価格は、社内の承認プロセスを経て最終決定されます。このプロセスには以下が含まれます。
財務部門によるコスト計算
経営層による最終的な戦略判断
上層部の関与の重要性
1. 柔軟な意思決定
随意契約の交渉では、上層部が直接交渉に関与することで、より柔軟な対応が可能となります。たとえば、利益率を一時的に引き下げる判断や、追加コストを負担する決定が行われる場合があります。同一時期の他の契約による一括発注で、材料の仕入れ価格を抑える判断などもあります。
2. 戦略的な判断
上層部は、単に価格だけでなく、以下のような観点から総合的に判断を下します。
将来的な取引関係の構築
官公庁からの信頼確保や実績の積み上げ
社会的な信用の維持
入札不調に伴う価格交渉は、いわゆる「早い者勝ち」の状態です。交渉の相手方に選ばれたということは、ライバルはなく、安い金額さえ提示できれば契約できるわけです。特に世間から注目されている大規模事業に関わる契約では、次のような判断が多いです。
他の会社に奪われるよりは、利益が少なくても契約しよう。
実際にも、官公庁側の契約担当者は、不落随契に応じてくれた会社に対しては、当然ながら「最も信頼できる会社」と認識します。官公庁側が困っているときに助けてくれた会社ですから、その恩は絶対に忘れません。
まとめ
本記事では、官公庁の入札において発生する「入札不調」に焦点を当て、その原因や対応方法、随意契約への移行の手順と価格交渉の重要性について詳しく解説しました。以下に要点を振り返ります。
入札不調の背景と原因
入札不調は、予定価格が市場の実勢価格に見合わない、参加者が不足している、または契約内容などの条件が厳しすぎる場合に発生します。
特に再度の入札で辞退札が提出されるケースは、予定価格の低さが大きな原因です。多くの会社が採算が取れないと判断して入札を辞退します。参加者全員が辞退すれば不調にならざるを得ません。
入札不調時の対応方法
入札が不調になった場合、入札をやり直して再度公告入札を実施する方法と、価格交渉によって随意契約へ移行する選択肢があります。
それぞれの対応方法にはメリットとデメリットがあり、事業の緊急性や市場状況に応じた判断が求められます。予定価格との乖離が大きければ再度公告入札、乖離が小さければ価格交渉による不落随意契約を目指します。
随意契約への移行と価格交渉の重要性
随意契約では、官公庁と特定の会社が直接交渉を行い、より柔軟な価格調整が可能となります。
営業担当者と上層部が密接に連携し、現実的かつ競争力のある価格を設定することで、契約成立の可能性が高まります。
随意契約の意義
随意契約は、入札不調に対する柔軟な対応策として重要な役割を果たします。しかし、公平性や透明性を確保しつつ、適切な手続きが求められる点を忘れてはなりません。入札時に設定した予定価格以内でしか契約できません。そのため予定価格と入札価格が近い場合のみに適応できるものです。随意契約を通じて、官公庁は事業を円滑に進め、会社側は長期的な信頼関係を構築することが可能です。
入札不調は、社会情勢からも影響を受け、避けられない場合もありますが、適切な対応策を講じることで、事業をスムーズに進めることができます。また、随意契約への移行と価格交渉は、双方にとってウィンウィンの結果を生み出す重要なプロセスです。これらのプロセスを適切に運用し、公共事業の健全な推進に寄与していくことが求められます。
この記事を参考に、入札不調への対応と随意契約の活用方法を理解し、実務に役立ててください。
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