12月に入ると、公務員になったばかりの新人の方や、異動で新しい部署に配属された方から、よくこんな相談を受けます。
「職場の上司や先輩に、年賀状を出すべきでしょうか?」
「『虚礼廃止』とは聞きますが、本当に出さなくて失礼になりませんか?」
民間企業から転職された方や、新社会人の方にとって、官公庁独特の「空気感」を読み取るのは非常に難しいものです。特に年賀状は、日本の伝統的な挨拶である一方で、近年では「スルーしても良い文化」と「それでも守るべき礼儀」の狭間で揺れ動いています。
結論から申し上げますと、現在の官公庁において、職場の上司や同僚に対して年賀状を出す必要は、基本的にはありません。
むしろ、無理に出すことによって「コンプライアンス意識が低い」「公私混同している」と見なされるリスクさえあるのが現状です。
この記事では、長年官公庁の実務に携わってきた経験から、なぜ今「虚礼廃止」が徹底されているのか、その背景にある「会計実務」や「法的な理由」、そして万が一出す場合の「絶対に外してはいけないマナー」について、わかりやすく解説します。
これを読めば、年末年始のモヤモヤした不安が解消され、清々しい気持ちで新年を迎えられるはずです。
公務員の職場は「虚礼廃止」が基本トレンド
かつては、年末になると職員録(住所録)を見ながら、職場全員分の年賀状を印刷するのが「若手の仕事」という時代もありました。しかし、2025年現在、その風景は一変しています。
多くの自治体や省庁では、「虚礼廃止(きょれいはいし)」という方針を明確に打ち出しています。これは単なる「経費削減」や「面倒だからやめよう」というレベルの話ではなく、公務員としての職務倫理や法的な観点に基づいた、非常に重い意味を持つ動きなのです。

なぜ官公庁では年賀状を廃止するのか?
官公庁が組織として年賀状を廃止、あるいは自粛を求める背景には、大きく分けて3つの理由があります。これらを理解しておけば、「出さないこと」への罪悪感はなくなるはずです。
1. 個人情報保護の壁とコンプライアンス
もっとも大きな理由は「個人情報保護」です。
昔は、職場で「緊急連絡網」や「職員名簿」が配られ、そこには全職員の自宅住所や電話番号が記載されていました。年賀状はそれを見て書くのが当たり前でした。
しかし、現在は個人情報保護法や各自治体の条例により、職員の自宅住所などの個人情報を、業務以外の目的(年賀状の送付など)に使用することは厳しく制限されています。
もし、業務連絡用として管理されている住所録を私的な年賀状作成のために流用した場合、それは「目的外使用」にあたり、コンプライアンス違反となる可能性があります。
「上司の住所を知らないから出せない」というのは、今や公務員として「正しい状態」なのです。無理に聞き出そうとすること自体が、今の時代にはそぐわない行為となっています。
2. 公私混同の防止と倫理規定
公務員には、民間企業以上に厳しい「公私混同の禁止」が求められます。
職場での上下関係は、あくまで「業務上の役割分担」に過ぎません。業務上の関係を、私的な付き合いである年賀状にまで持ち込むことは、今の公務員倫理の感覚では「是」とはされにくくなっています。
また、年賀状のやり取りが過熱すると、それが派閥形成や、昇進のための過度な気遣い(ごますり)と捉えられかねないため、組織として一律に禁止・自粛を求めるケースも増えています。特に、政治家(公職選挙法で選挙区内への年賀状送付が禁止されている)と接する機会の多い部署では、職員側も同様に自粛する文化が根付いています。
3. 働き方改革と環境配慮(SDGs)
年末の繁忙期に、年賀状作成という業務外の負担を職員に強いることは、「働き方改革」に逆行します。また、ペーパーレス化やSDGs(持続可能な開発目標)の観点からも、大量の紙資源を消費する年賀状の習慣を見直す動きが加速しています。
多くの自治体が、市長や知事の名前で「年賀状廃止宣言」を出し、ウェブサイト等で公表しているのはこのためです。
「虚礼廃止」の通達が出たら従うべき?
もし、あなたの職場で「虚礼廃止」の通達や回覧が回ってきたら、どうすべきでしょうか?
答えは、「絶対に従うべき」です。
これは「建前」ではありません。「出したい人は出してもいいですよ」という意味ではなく、「組織として廃止するから、余計な気遣いは無用である」という強いメッセージです。
ここで「自分だけは丁寧さをアピールしよう」として年賀状を出すと、逆に「通達を読んでいない」「組織の方針に従えない」「空気が読めない」というマイナスの評価につながりかねません。
特に会計や契約を担当する部署では、規則や通達の遵守が何よりも重視されます。小さなルールを守れない職員が、大きな契約事務を適正に行えるとは判断されないのです。
迷ったら確認!職場ごとの「ローカルルール」の見極め方
基本は「出さない」でOKですが、公務員の世界には厄介な「ローカルルール」や「慣例」が残っている部署も、残念ながら存在します。
「基本は廃止だけど、課長には出すのが暗黙の了解」
「OBの〇〇さんには必ず出す」
こういった独自の掟が存在するかどうかを確認し、無用なトラブルを避けるための方法をご紹介します。
一番確実なのは「庶務担当者」への確認
配属されたばかりの部署で、年賀状のルールがわからないときは、庶務担当者(または課内の取りまとめ役の先輩)にこっそり聞くのが鉄則です。
聞き方のポイントは、「私はどうしたらいいですか?」と漠然と聞くのではなく、以下のように具体的に質問することです。
「以前の職場では虚礼廃止だったのですが、こちらの課では皆様どうされていますか?」
「課長や部長には、皆さん年賀状を出されているのでしょうか?」
庶務担当者は、課内の郵便物や儀礼的なことを一手に引き受けている「情報のハブ」です。彼らが「うちは誰も出してないよ」「お歳暮も年賀状も禁止だよ」と言えば、それがその部署の正解です。
逆に、「課長は気にしないけど、部長は古いタイプだから出している人が多いかも」といった、貴重な裏情報を教えてくれることもあります。
直属の上司に直接「年賀状出してもいいですか?」と聞くのは避けましょう。上司としては、立場上「送ってくれ」とは言えませんし、「いらないよ」と言われても「本当かな?」と疑心暗鬼になるだけだからです。
上司が出している場合の対応
リサーチの結果、上司が部下に年賀状を出していることが判明した場合、あるいは元旦に上司から年賀状が届いてしまった場合はどうすればよいでしょうか。
焦って元旦や1月2日に返信の年賀状を書く必要はありません。
上司も、部下からの返信を期待して出しているわけではないケースが大半です。単に長年の習慣で機械的に出しているだけかもしれません。
もし届いてしまったら、仕事始めの日に口頭で、「年賀状をいただき、ありがとうございました。丁寧なご挨拶をいただき恐縮です」と御礼を伝えれば十分です。
もし、どうしても返信しないと気が済まない、あるいは「返信がないのは失礼だ」と考える古い体質の職場であれば、松の内(1月7日)が明けてから「寒中見舞い」として返信するのがスマートです。これなら「年賀状のやり取り」という土俵に乗らず、礼儀を尽くすことができます。
それでも出す必要がある場合の「公務員流」マナー
「特にお世話になった恩師のような上司がいる」
「どうしても個人的に感謝を伝えたい」
そういった理由で、あえて年賀状を出すことを選択する場合もあるでしょう。その際は、公務員としての信用を損なわないよう、以下のマナーを厳守してください。
宛先は自宅?それとも職場?
ここが最大のポイントです。年賀状は必ず「相手の自宅」に送ってください。絶対に「職場(役所)」宛に送ってはいけません。
職場に年賀状を送ることがNGな理由は2つあります。
- 公私混同の極みである
職場は仕事をする場所です。そこに私的な挨拶状を送ることは、公的な物流ルート(郵便の仕分け担当者など)に無駄な負荷をかける行為であり、公私混同とみなされます。 - 休日に届かない
官公庁は年末年始(12月29日〜1月3日)が閉庁日です。元旦に職場に届いた年賀状は、誰の目にも触れず、仕事始めの1月4日まで郵便受けや守衛室に放置されます。これでは新年の挨拶としての意味をなしません。
では、自宅の住所を知らない場合はどうするか?
その場合は、「出さない」のが正解です。「自宅住所を知らない=年賀状をやり取りするほどの間柄ではない」と割り切りましょう。無理に聞き出すのは、前述の個人情報保護の観点から相手を困らせるだけです。
一言添えるなら「感謝」と「抱負」
プリントされた定型文だけの年賀状は、儀礼的すぎて逆に冷たい印象を与えます。必ず手書きで一言添えましょう。
ただし、書く内容には注意が必要です。
NGな内容
- 業務上の機密や内部事情:「〇〇事業の件では…」「4月の人事異動が楽しみですね」など、ハガキという誰でも読める媒体に内部情報を書くのはセキュリティ上NGです。
- 過度なごますり:「一生ついていきます」のような表現は、公務員の世界では「特定の政治的・派閥的意図」と誤解される恐れがあります。
OKな内容(例文)
- 感謝:「昨年は、不慣れな私を温かくご指導いただき、本当にありがとうございました。」
- 抱負:「本年は、一日も早く業務において自立できるよう、精進してまいる所存です。」
シンプルに「感謝」と「前向きな姿勢」を伝える構成にすれば、好印象を与えつつ、リスクを回避できます。
官公庁ならではの「年賀状じまい」のスマートな伝え方
「今年から年賀状を一切やめたい」
「去年までは出していたけれど、この風潮に乗ってフェードアウトしたい」
そう考えている方のために、角を立てずに「年賀状じまい」をするテクニックをお伝えします。
メールや口頭で事前に伝える
12月の上旬までに、普段の会話やメールの中でさりげなく「年賀状辞退」の意向を伝えておくのが最もスムーズです。
このとき、個人的な理由(面倒だから、お金がないから)ではなく、「時代の流れ」や「環境配慮」を理由にするのが、公務員らしくスマートです。
伝え方の例(口頭・メール)
「〇〇課長、実は私、SDGsやペーパーレス化の観点から、来年よりどなた様へも年賀状によるご挨拶を控えさせていただくことにいたしました。失礼とは存じますが、今後とも変わらぬご指導をお願いいたします。」
また、2024年秋の郵便料金大幅値上げ(63円→85円)は、年賀状をやめるための「最強の口実」になります。「家計の見直し」を理由に挙げても、今の時代なら誰もが共感してくれるでしょう。
受け取ってしまった後の「寒中見舞い」活用術
事前に伝えられず、元旦に年賀状が届いてしまった場合は、先ほども触れた「寒中見舞い」を活用して、来年以降の辞退を宣言します。
松の内(1月7日)が明けてから立春(2月4日頃)までの間に出します。
寒中見舞いによる「年賀状じまい」の文例
寒中お見舞い申し上げます。
ご丁寧な年賀状をいただき、誠にありがとうございました。
私の方からは新年のご挨拶が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。
さて、私事で誠に恐縮ですが、昨今の社会情勢や環境配慮の観点から、本年をもちまして、どなた様へも年賀状によるご挨拶を控えさせていただくことにいたしました。
今後は、メールやSNS等にて近況をお伝えできればと存じます。
非礼を何卒ご容赦いただき、今後とも変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。
寒さ厳しき折、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。
この文面であれば、相手への敬意を払いつつ、きっぱりと「来年からは送りません」という意思表示ができます。これで、翌年からの年末のプレッシャーから完全に解放されます。
官公庁取引先(営業担当者)の方へ
最後に、官公庁を顧客とする民間企業の営業担当者の方へも、少しだけアドバイスをさせていただきます。
官公庁の職員に対して、年賀状を送ることはお勧めしません。
公務員には「国家公務員倫理法」や各自治体の倫理規程があり、利害関係者からの贈与や接待が厳しく制限されています。年賀状は「禁止」とまでは明記されていない場合が多いですが、大量の年賀状が業者から届くこと自体を「癒着」の温床として問題視する役所も増えています。
また、先述した通り、役所宛に送っても担当者の手元に届くのは1月4日以降であり、大量の郵便物に埋もれてしまう可能性が高いです。
もし挨拶をするのであれば、仕事始めの後にアポイントを取って訪問するか、丁寧なメールを送る方が、実務的にも心証的にもプラスに働きます。「形式」よりも「実質的な業務遂行能力」で信頼関係を築くのが、官公庁営業の鉄則です。
まとめ
官公庁における年賀状事情について解説してきました。
ポイントを整理します。
- 基本は「出さない」:官公庁は「虚礼廃止」がトレンド。無理に出す必要はない。
- 住所録は存在しない:個人情報保護のため、自宅住所を聞き出すのはNG。職場宛に送るのも公私混同でNG。
- ローカルルールの確認:迷ったら庶務担当者に「皆はどうしているか」を確認する。
- 年賀状じまいはスマートに:「SDGs」「デジタル化」を理由に、事前に宣言するか寒中見舞いで伝える。

新人のうちは「失礼があったらどうしよう」と不安になるものですが、今の公務員の現場では、年賀状の有無で評価が決まることはまずありません。
むしろ、日々の業務における正確な事務処理、法令遵守の姿勢、そして職場での明るい挨拶の方が、何倍もあなたの評価を高めてくれます。
年末年始はゆっくりと体を休め、英気を養ってください。それが、1月からの良い仕事につながる一番の準備です。

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