官公庁の契約業務において、随意契約は例外的な手続きでありながら、実務では頻繁に登場します。
その中でも「価格交渉」は、適正な契約金額を確保するうえで非常に重要なプロセスです。
しかし、どこまで価格交渉してよいのか、どのように進めれば問題にならないのか悩む担当者も多いのではないでしょうか。
本記事では、随意契約における価格交渉の基本から注意点、実務の進め方までを初心者にもわかりやすく解説します。
随意契約の基本と価格交渉が問題視される理由
入札との違いから理解する随意契約の仕組み
随意契約とは、一般般競争入札や指名競争入札とは異なり、特定の会社を選定して契約する方式です。原則として競争入札が求められる官公庁の契約において、随意契約は例外的に認められる方式であり、契約金額が少額な場合や競争性がない場合、緊急性がある場合などに限定されます。
特に「競争性がない随意契約」では、価格の妥当性を確保するための手続きがより重要になります。その一環として価格交渉が行われることがありますが、交渉の進め方によっては不透明な契約となり、不正や癒着の疑念を招きかねません。価格交渉は、法令を正しく理解したうえで、慎重に実施する必要があります。
随意契約における価格交渉の可否とその判断基準
少額随意契約は価格交渉が認められる?具体的な進め方
少額随意契約とは、契約金額がある一定の金額以下のときに、業務の効率化を優先して、複雑な競争入札手続きを省略できる契約方式です。この場合でも、適正な価格を確保するために、3社からの見積書を集めて比較する「見積もり合わせ」が求められます。
「見積もり合わせ」は、信頼できる会社3社から見積書を取り寄せ、最も安い(売り払い契約の場合は、最も高い)金額を提示した会社と契約するものですが、すべての契約で想定した金額で契約を締結できるわけではありません。
稀に見積書の価格が、想定している予定価格や、確保できる予算を超えてしまう場合もあります。契約金額が予想をオーバーしている場合には、再度、「見積もり合わせ」を実施することになります。あるいは最安値の見積金額を提示してくれた会社と交渉し、価格を見直してもらうこともあります。
少額随意契約での価格交渉は、問題ありません。
競争性がない随意契約で注意すべき価格交渉のポイント
特定の会社にしか依頼できない業務や製品などについては、「競争性がない随意契約」として契約することになります。しかし、競争できないからといって、金額を自由に設定できるわけではありません。契約金額の妥当性を確認するため、詳細な見積内訳の提出や、予定価格内訳書との照合、過去の契約実績との比較などのチェックが重要となります。
競争がないことを理由に、「会社側の言い値」で高額な価格で契約することは、問題となる可能性があるため、価格交渉の過程や資料の記録を丁寧に残す必要があります。
競争性がない随意契約では、契約金額の内訳を検討したという事実が重要です。価格交渉は必須の手続きになります。
不落随契での価格交渉とは?入札回避の進め方
一般競争入札を実施しても、どの会社からも落札がなかった場合(不落 ふらく)、再度公告入札せずに随意契約へ移行することがあります。このようなケースを「不落随契 ふらくずいけい」と呼びます。入札をやり直す余裕がないときです。
この場合、最低価格で応札した会社との価格交渉により、予定価格の範囲内で合意できれば契約が成立します。不落随契では、予定価格の見直しが不可能なので、かなり厳しい値引き交渉になります。もし値引きが無理であれば、最初から入札手続きをやり直すことになります。
不落随契は、価格交渉で契約の相手方を探す手続きです。
これらの随意契約は、いずれも価格交渉が可能です。価格交渉可能な時期は、契約の合意前です。つまり官公庁側が、「この金額で契約をお願いします。」と正式に発注する前の段階です。
もし正式に発注した後になって、理由もなく、さらに契約金額の交渉を行うことは、契約を蔑ろにする行為です。合意した内容に違反する行為、約束を破ることになるので、絶対に行ってはいけません。社会人としても、人としても信頼を落とします。価格交渉が可能な時期は、正式な契約前の段階です。
また、価格交渉の経緯がわかる書類を保存しておく必要があります。例えば、1回目の見積書が高くて合意できない場合などは、どの部分の価格が、どのように高くて合意できず、再検討となったのかメモを残す必要があります。
もし、見積書の内訳に記載してある人件費が高いと判断したのであれば、「人件費が相場より高く、再交渉中、技術者の人件費に関する資料依頼中」などとメモします。そして交渉に使用した資料はすべて契約書類として保存することが重要です。価格交渉が長引きそうであれば、電子ファイルで保存することになります。
一方、競争入札では価格交渉が違法になることがあるので注意が必要です。落札した後で、契約金額の交渉は実施できません。予定価格という落札上限額があるので、自動的に契約金額が決定します。
【実務解説】随意契約での正しい価格交渉の流れ
価格交渉に必要な資料と事前準備のポイント
価格交渉を行う前には、以下の資料を用意しておくことが大切です。
会社からの正式な見積書と内訳明細
官公庁側で算出した予定価格調書の算出内訳
過去の契約実績や市場価格の調査資料
類似の契約事例との比較資料
これらを準備することで、会社の提示価格が適正かどうかを判断しやすくなり、交渉の根拠を持って話し合いを進めることができます。明確な根拠を持って価格交渉します。根拠もなく「気分的に高い」というような価格交渉を行ってはいけません。「業者たたき」は恥ずかしい行為であり絶対に行ってはいけません。顧客という有利な立場を利用してはいけません。
随意契約の交渉で大切なのは「無理な値引き」ではなく「金額の確認」
随意契約の価格交渉では、「値引きしてください」という直接的な表現よりも、「この価格の積算根拠について教えてください」と丁寧に確認することが重要です。強引な値下げ交渉は、誤解を招いたり、不適切な関係性につながる恐れがあります。
見積金額や見積内訳について、「対外的な説明を一緒に考える」くらいの姿勢を持ちましょう。
特に「高圧的な言い方」は、価格交渉を困難にするだけでなく、官公庁の信頼を損ねてしまいます。
公正性・公平性を重視し、価格の内訳や市場価格との乖離がないかを確認するために、「教えてもらう」という姿勢が、官公庁での正しい交渉の在り方です。
例えば、部品の価格が高いと思った場合、その部品の仕入れ価格や製造価格の情報、あるいは他の官公庁との契約でも同じ価格で契約しているかなど、実際の取引価格であることを確認します。他の官公庁でも同じように高い金額で契約しているなら、高い金額ではなく、妥当な金額です。ネット上で取引金額が確認できるようなら適正な金額です。
価格交渉の記録と保存が必要な理由とその方法
価格交渉を行った場合、その経緯を明確に記録しておく必要があります。たとえば以下のような記録が求められます。なお価格交渉のときにレコーダーで記録するのは絶対にやめましょう。レコーダーで記録すると話しづらくなりますし、相手を信頼していないことにもなります。会話は手書きメモで残します。交渉中は笑顔を絶やさないことも必須です。
交渉日・場所と出席者の記録
交渉で提示された内容やヒアリングの内容
修正後の見積書(金額の経緯を余白へ鉛筆書きしておくとわかりやすい 3万 → 2万 など)
見積額が予定価格以内であることを確認した書類(比較のために、コピーした予定価格の内訳に見積単価を併記するとわかりやすい)
これらは監査や検査で重要な判断材料となります。記録がない場合、「なぜその価格で契約したのか」という疑念を招きかねません。
随意契約で違反を防ぐために知っておくべき法令とルール
随意契約に関係する主な法令と実務対応のポイント
随意契約には、会計法や予算決算及び会計令、地方自治法施行令などが関係しています。特に、「随意契約が認められる場合」や「入札では予定価格を超える契約が禁止されていること」などは、法令上明確に定められています。
随意契約が認められる場合 予決令99、102-4-3 地方自治法施行令167-2
入札では予定価格を超える契約が禁止されていること 会計法29-6 地方自治法 234
契約担当者は、これらのルールをきちんと理解し、違反がないように価格交渉を進める必要があります。
交渉の透明性を保つための実践的な工夫
価格交渉の際は、会社とのやり取りを不透明にしないことが重要です。交渉内容をメモしながら記録に残すことも大切ですが、担当者が複数で立ち会うことが、第三者の目から見ても「公正な手続きだった」と言える状況になります。価格交渉の基本は、官公庁側は、担当者と上司で対応することです。会社側へも事前に伝え、可能なら会社側も複数で参加してもらいましょう。相手側も担当者と直属の上司が理想です。
ここで注意したいのは、参加人数は最大でも4名くらいにします。あまり大勢では話がまとまらなくなりますし、役職の上の人が参加してしまうと、会話しづらくなってしまいます。価格交渉の席では話しやすいこと、ざっくばらんにお互いの意見を言える環境が重要です。打ち合わせ日時を設定するときに予定参加者の役職名と氏名は相手に知らせておきましょう。「資料を準備しますので、参加予定者の役職と氏名を教えて頂けるとありがたいです。」とメールで伝えましょう。
価格交渉のときに使用する資料は、2回目であれば1回目の見積書のコピー、契約内容を示す官公庁が作成した仕様書、既製品であればカタログなどです。
契約交渉における公務員の倫理と行動基準
民間企業との取引にあたっても、契約担当者は「公務員」として、贈収賄などの刑法上の責任が問われる可能性があります。たとえ少額契約であっても、「私的利益のために動いていないか」「特定の会社に便宜を図っていないか」という視点が常に求められます。
会話が弾んでも、飲み会やゴルフの誘いに乗ってはいけません。契約の相手方である民間会社とは、公平・公正につきあわなければなりません。
価格交渉に関するよくある質問
Q1:見積価格が高すぎた場合、価格交渉しても大丈夫?
はい、正式な契約前であれば、見積金額について交渉することは問題ありません。ただし、その交渉は妥当性を確認するために説明してもらう(金額の根拠を教えてもらう)という位置づけにすべきです。
Q2:価格交渉で会社に再見積を求めても良い?
可能です。ただし、無理な依頼はせずに、見積もり合わせでは公平な取り扱いとなるよう配慮が必要です。特に複数社からの見積もりがある場合、契約内容や前提条件を変えるのであれば、すべての会社に対して同様に再見積の機会を与えるべきです。
Q3:交渉がうまくいかない場合はどうする?
交渉の結果、契約金額に合意できない場合は、契約を見送り、検討することになります。仕様書の内容を見直して再検討することが求められます。高圧的な態度で、値引交渉を無理に成立させることは絶対に避けるべきです。
【まとめ】随意契約の価格交渉は記録がすべて
随意契約における価格交渉は、「不正の温床」とされることのないよう、適法性(公平・公正)と透明性を徹底することが求められます。特に大切なのは以下の4点です。
価格交渉は複数の者(担当者と直属の上司)で行うこと
相手の説明を尊重した姿勢(教えてもらう)で臨むこと
交渉の経緯を必ず記録し、保存しておくこと(ICレコーダーは厳禁)
公平性・公正性の観点から行動すること
随意契約の価格交渉にあたっては、単に「安くする」ことが目的ではなく、適正な価格(相手方の正当な利益を含む価格)で、安心して契約できる環境を整えることが本質です。契約担当者としての責任と自覚を持ち、丁寧かつ誠実に交渉を進めていきましょう。
コメント