近年、官公庁における不正や不祥事に対する市民の目はますます厳しくなっています。
こうした中で、内部の問題を正しく是正する手段として注目されているのが「公益通報者保護法」です。
特に2022年の法改正により、官公庁にも通報体制の整備が求められるようになり、制度の理解と適切な運用が不可欠となりました。
本記事では、公益通報者保護法の基本から、公務部門に求められる対応、想定される通報事例まで、初心者にもわかりやすく丁寧に解説します。
公益通報者保護法とは?|制度の背景と目的
公益通報者保護法(こうえきつうほうしゃほごほう)は、組織内の不正を内部から是正しようとする通報者を守るために、2004(平成16)年6月公布、2006(平成18)年4月年に施行された法律です。通報によって職場で不利益な扱いを受けることがないよう、通報者の立場を保護しつつ、適切な内部是正を促すことを目的としています。
特に近年では、民間企業だけでなく、官公庁などの公的機関においても通報制度の整備が求められるようになっており、公務員の間でも理解が欠かせない制度になっています。

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この法律が制定された背景には、2000年代初頭に発生した重大な組織的不祥事がありました。例えば、食品の産地偽装や自動車のリコール隠し、大企業によるコンプライアンス違反などが相次ぎ、社会問題として大きく取り上げられた時期がありました。内部告発によって問題が明るみに出たケースも多く、通報者を保護する法制度の必要性が強く認識されたのです。
また、官公庁では、国民の税金を財源として事業を行っているため、業務の透明性や公正性を高めることが社会的責務です。不正経理や不適切な契約、職員間のハラスメントなど、公務に関わる不祥事は、行政の信頼を大きく損なう原因になります。そのため、公務部門においても、組織内部で発生した違法・不当な行為を速やかに是正するための手段として、公益通報制度の整備が必要不可欠なのです。
公益通報者保護法のもう一つの大きな目的は、通報者の「保護」です。つまり、違法行為を通報した職員が、配置転換や降格、解雇などの不利益を受けないようにするための法律であることが重要なポイントです。実際に、過去には勇気を出して通報した職員が、組織からの圧力を受け、精神的に追い詰められるようなケースも少なくありませんでした。こうした背景から、「通報者を守る」ことが法的に明文化され、通報者の立場を保障することで、安心して通報できる環境を整えることがこの法律の根幹にあります。
公益通報者保護法
第一条 この法律は、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効及び不利益な取扱いの禁止等(略)を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。

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近年は、コンプライアンス意識の高まりやガバナンス強化の観点から、地方自治体を含む多くの官公庁でも、内部通報制度を導入する動きが進んでいます。2022年の法改正では、体制整備義務や情報漏えいの罰則が強化されたことにより、より具体的で実効性のある制度構築が求められるようになりました。
つまり、公益通報者保護法は、「不正を見過ごさず、正義のために声を上げる職員を守る」ための法律であり、行政組織の信頼性を支える重要な柱のひとつです。組織内での通報が適切に扱われることで、行政サービスの質の向上や住民の信頼確保にもつながっていきます。今後、制度の運用や体制整備に関わる職員は、この法律の趣旨と背景をしっかりと理解し、自らの業務に活かしていくことが求められます。
誰が守られる?公務部門における保護対象
公益通報者保護法では、「通報を行ったことにより不利益を受けるおそれがある人」を保護することが明確に定められています。ここで重要なのは、保護対象がいわゆる「常勤職員」だけに限定されないという点です。官公庁などにおいては、さまざまな雇用形態で職員が働いているため、その全体像を正しく理解しておく必要があります。

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まず、保護の対象となるのは、国家公務員や地方公務員はもちろん、非常勤職員、臨時職員、派遣職員、契約職員、再任用職員、パートタイム、さらにはすでに退職した元職員も含まれます。常勤・非常勤にかかわらず、通報時に「業務に従事していた者」であれば保護の対象となります。これは、通報の有効性や公益性に着目し、雇用形態に左右されることなく、公的機関の不正を是正することを目的としているためです。
また、保護を受けるためには、一定の要件を満たしている必要があります。具体的には以下の3つの条件が重要です。
1. 通報内容が「法令違反行為」に関するものであること
対象となる違法行為は、個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保など広く対象になっています。国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律違反が対象です。
公益通報者保護法の別表、公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令で、法律名が一覧になっています。
刑法や個人情報の保護に関する法律、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律など多数の法律が対象になっています。例としては、不正経理、入札談合、公用車の私的利用、個人情報の漏洩など不適切な取り扱い、職場内の暴行・脅迫などの犯罪行為に当たるハラスメント行為も該当します。
2. 通報者が「労働者等」であること
これは上記の通り、公務部門で働いていた経験を持つ職員、元職員も含まれます。要するに、その職務の過程で不正行為を知る立場にあった人が対象です。
公務員は労働基準法や労働契約法の対象外(法第21条第1項)ですが、公益通報者保護法で定める労働者等に該当します。公益通報者保護法第九条によって、免職その他不利益な取扱いを禁止しています。
3. 通報先が適切であること
内部(庁内)の通報窓口、行政機関(監督官庁)、あるいはやむを得ない事情がある場合には外部(報道機関など)への通報も保護対象となりますが、段階的に判断する必要があります。特に官公庁では、内部通報制度の整備が進んでおり、まずは「指定された内部通報窓口」への報告が推奨されます。
一方で、すべての通報が自動的に保護されるわけではありません。例えば、以下のようなケースは保護の対象外となります。
明らかに事実無根の虚偽通報
自らの不満や利害を解決するための私的な目的による通報
他人の名誉を傷つけるためだけの悪意ある通報
不正確な情報に基づく無責任な通報
このような場合、通報者がかえって名誉棄損や業務妨害に問われる可能性があるため、通報する際には、一定の証拠や根拠に基づいた冷静な判断が求められます。
このように、公益通報者保護法の制度は、「正しい通報をした者は守られる」という考えのもとに成り立っています。官公庁の職場では、正当な通報者を守る体制を整備することが求められており、その理解を組織全体で共有することが信頼性の高い行政運営につながっていきます。
公務部門が注意すべき「改正公益通報者保護法」のポイント
公益通報者保護法は、2022年6月に大きな改正がありました。この改正では、これまで曖昧だった内部通報制度の運用方法や通報者保護の範囲が明確化され、特に「通報対応体制の整備」が企業や公的機関に求められるようになりました。マスコミなどでは民間企業を中心に報道されていますが、実は官公庁などの公務部門にも深く関係する内容であるため、各自治体や省庁の担当者は改正のポイントを理解し、着実な対応が必要です。
まず、改正法の最も重要なポイントは、「通報対応体制の整備義務化」です。これは、常時使用する職員が300人を超える組織(企業・団体・官公庁等)に対して、公益通報に関する相談・受付・調査・是正・再発防止に対応する体制を構築することが義務付けられたものです。つまり、大規模な地方自治体や独立行政法人、国の各府省庁などは、この制度整備の義務があります。
体制整備には、以下のような具体的な対応が求められます。
公益通報を受け付ける窓口の明確化(内部窓口・外部委託いずれも可)
通報者の情報を適切に管理・保護するための規程整備
通報に関する業務に従事する職員の「指定」および「研修」実施
通報内容に応じた調査体制や改善措置のフロー整備
なかでも注意したいのが「通報者の情報保護」に関する強化です。改正法では、通報者の氏名や通報内容が外部に漏れた場合に、厳しい責任を問われることが明記されています。これは、通報者が職場内で孤立したり、報復的な人事措置を受けることを防ぐためです。
公益通報者保護法
第十二条 公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない。
第二十一条 第十二条の規定に違反して同条に規定する事項を漏らした者は、三十万円以下の罰金に処する。
たとえば、通報を受けた職員がうっかり口外してしまい、その情報が庁内で広まった場合、その通報対応職員が「漏洩した」として懲戒処分の対象になる可能性があります。通報受付者は、秘密保持義務を厳格に守らなければなりません。また、内部通報の情報管理に関する業務規程も整備しておく必要があります。
さらに、通報対応に従事する職員をあらかじめ「通報対応業務従事者」として指定する必要があることも、今回の改正で新たに追加された義務です。この指定を受けた職員には、通報制度の趣旨や通報者の保護に関する法令知識を理解していることが求められ、年に1回以上の研修が推奨されています。指定しただけでは不十分で、適切に知識を習得させることも管理責任に含まれます。
消費者庁が公表している体制整備マニュアルおよび運用ガイドラインを参考にすることが推奨されています。これらの資料は、民間向けであっても、組織の通報対応体制の構築に関する考え方が丁寧に解説されており、官公庁にも十分応用が可能です。
また、人事課や監査部門との連携も重要です。通報対応部署だけで完結せず、組織横断的に通報の処理体制や情報共有方法を定めることで、より信頼性の高い制度運用が可能になります。当然ながら、情報共有については通報者の名前を秘密扱いで対応することが重要です。
このように、令和4年の改正公益通報者保護法は、制度の「実効性」を高めるための転換点といえる内容となっており、公務部門においても例外ではありません。通報制度を「あるだけ」ではなく、実際に機能する仕組みとして運用できるよう、今一度自組織の体制を点検し、必要な見直しを進めていくことが求められます。
官公庁に求められる実務対応とは?
公益通報者保護法の改正により、官公庁においても実効性ある内部通報制度の構築と運用が強く求められるようになりました。単に「通報窓口を置けばよい」といった形式的な対応ではなく、通報者が安心して声を上げられるような体制の整備が求められています。ここでは、公的機関における実務対応の具体的な手順とポイントを解説します。
まず、内部通報制度の整備手順は、次のような流れが一般的です。
1. 制度設計
通報制度の方針を策定し、組織内の規程を整備します。具体的には、「通報受付対象」「通報窓口の設置」「通報後の調査フロー」などを明文化します。
役職者や全職員に対して周知し、「不正を報告することは職務上の責任である」という意識を醸成します。
2. 通報受付の体制づくり
内部の通報窓口を設けるとともに、必要に応じて弁護士など外部機関に委託する「外部窓口」も設置可能です。これにより、通報者が利害関係を気にせず、安心して相談できる体制をつくれます。
3. 記録と対応
通報内容は正確に記録し、関係部署と連携して調査・事実確認を行います。調査にあたっては、通報者が特定されないよう、記録・文書管理にも十分な配慮が必要です。
4. 報告と是正・改善措置
調査結果は必要に応じて管理職に報告し、改善措置を講じます。また、類似の不正が再発しないよう、業務の見直しや職員教育を実施することも重要です。
また、改正法では、「通報対応業務従事者」を設置することが義務化されています。この担当者は、通報を受理し、適切に処理し、秘密保持を徹底する役割を担います。選任にあたっては、法律の内容や内部通報制度に関する知識を有し、研修を受けた職員が適しています。選任された担当者には、少なくとも年1回の研修実施が推奨されており、情報漏えいや不適切対応のリスクを避けるためにも、継続的な教育が不可欠です。
一方、近年増加しているのが「匿名通報」です。通報者が名前を明かさずに訴えるケースも多く、官公庁ではこの扱いが難しいポイントの一つです。法律上、匿名通報であっても、通報内容が公益性のあるものであれば真摯に対応する必要があります。ただし、通報者の特定が困難なため、事実確認や是正措置に限界がある場合もあります。したがって、匿名通報に対する対応ルールをあらかじめ定め、内容に応じて柔軟かつ慎重に対応することが求められます。
さらに、官公庁での運用においては、「通報者に対する不利益取り扱いの禁止」が極めて重要です。具体的には、通報を理由に人事評価を下げたり、業務の割り振りから外す、昇任・昇給を見送るなどの行為がこれに該当します。こうした行為は、法令違反として通報者から訴えられるリスクがあるだけでなく、組織の信頼を大きく損ねる結果にもつながります。上司や周囲の職員にも、「通報したこと自体を理由に扱いを変えてはならない」という意識を徹底させることが大切です。
最後に、内部通報制度の運用は「作って終わり」ではありません。制度の利用実績を把握し、制度が実際に活用されているか、改善の余地がないかを定期的に見直すことも必要です。制度の透明性と信頼性を高めていく取り組みが、今後の行政運営に求められています。
実際に想定される通報内容と対応例
官公庁における内部通報制度の運用において、実際にどのような通報が寄せられ、どのように対応すべきかを具体的にイメージすることは非常に重要です。ここでは、公務部門で想定される代表的な3つの通報事例を取り上げ、それぞれの対応フローを紹介します。
想定事例:公用車の不正使用に関する通報
ある官公庁の職員が、休日に家族を乗せて私用で公用車を使用しているとの通報が寄せられました。目撃情報には、休日に観光地で家族と共に公用車を使用していたという具体的な内容が含まれていました。
対応フロー:
1. 受理: 通報窓口で内容を確認し、関係部署(人事課・公用車管理担当課など)へ共有。
2. 事実確認: 該当する日時・車両の貸出記録・ナビやドライブレコーダー、GPS記録などを照会し、関係者へのヒアリングを実施。
3. 是正措置: 私的利用の事実が確認されたため、該当職員に対して訓告処分と併せて、公私混同防止研修を全庁で実施。
4. 通報者保護: 通報者が特定されないよう、ヒアリング内容は極秘に管理。通報者の部署には一切の影響を与えず、関係者に守秘義務を徹底。
想定事例:特定業者との癒着疑惑に関する通報
公共施設の清掃業務を長年請け負っている特定業者に対し、競争入札が形骸化しており、担当職員との不適切な関係があるのではという通報がありました。内容には、頻繁に庁舎内で担当者と私的な会話をしている様子や、入札前に仕様書作成を相談している可能性などが含まれていました。
対応フロー:
1. 受理: 通報受付者が内容を精査し、契約担当部門へ通知。
2. 事実確認: 入札記録、仕様書作成の過程、当該業者とのやりとりを確認。担当職員への事情聴取を実施。
3. 是正措置: 特定業者への予定価格など秘密情報の漏洩の事実は確認されなかったが、公平性に対する疑念を払拭するため、今後は業者との打ち合わせを複数職員で実施するチェック体制を導入。再発防止策を通達。
4. 通報者保護: 通報者が現場職員だったため、担当部署からは完全に切り離して調査を実施。通報内容の取り扱いには慎重を期し、組織的な報復を防止。
想定事例:ハラスメント行為の内部通報
若手職員から、上司によるパワーハラスメントの訴えが通報されました。具体的には、日常的に高圧的な言動、人格否定の発言があり、精神的に追い詰められているとの内容です。体調を崩して休職に至る可能性があるとのことで、緊急性が高い案件でした。
対応フロー:
1. 受理: 通報を受けた窓口は、すぐにハラスメント相談員と連携。通報内容の整理と記録を行う。
2. 事実確認: 被害職員・周囲の関係者への聞き取り、メール・録音記録などの証拠を収集。
3. 是正措置: 上司に対し行為を指摘し、ハラスメント禁止規程に基づく文書指導。部下との業務関係を解消するため、別部署へ配置換え。
4. 通報者保護: 通報者がさらなる被害を受けないよう、支援員を定期的に派遣。職場環境の改善と心のケアに配慮。
これらの事例からわかるように、公益通報への対応では「事実確認」と「通報者の保護」の両立が重要なポイントです。感情的な対応を避け、客観的かつ慎重な対応が求められます。また、通報が正当であったか否かに関わらず、通報者の人格や働き方に影響を与えないよう、慎重に配慮する姿勢が行政機関としての信頼につながります。
通報制度が機能している組織ほど、不正の芽を早期に摘み、風通しのよい職場環境が維持されています。今後も、通報制度を単なるルールとして終わらせず、職員が安心して声を上げられる文化づくりが重要です。
まとめ|信頼される行政組織に向けて
公益通報者保護法の目的は、不正を早期に発見し、是正するために「声を上げた人」を守ることにあります。とくに官公庁においては、職員一人ひとりの行動が行政への信頼を左右するため、通報制度を正しく運用し、通報者を適切に保護することが重要です。
官公庁は、国民の税金をもとに事業を行っている組織であり、その運営は常に「公平・公正性」や「透明性」が求められます。不正や不適切な行為が組織内で放置されると、行政全体への不信感につながり、住民サービスの質にも悪影響を及ぼします。そのため、公益通報制度を整備・運用することは、行政の健全性を確保し、国民から信頼される組織であるための最低限の土台なのです。
今後も、公益通報制度は社会の要請とともに進化していくでしょう。行政に求められるコンプライアンス意識の向上とともに、内部通報制度は「信頼される行政」を築くための重要な要素となります。どんな職員でも、不正を見たときに声を上げられる。そしてその声を、組織が誠実に受け止め、改善につなげられる。そうした組織風土を、制度と運用の両面から作り上げていくことが、これからの行政に求められている責任なのです。
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