何かと批判されてしまう随意契約ですが、「業務の効率性」を考えると大きなメリットがあります。随意契約は、一般競争入札と比較すると、10倍も早く契約できるのです。わかりやすいように実際の契約手続きを、数値に換算して比較しました。一般競争入札と随意契約の労力(業務量)の違いです。
随意契約の必要性・・圧倒的な効率性
世間一般では、「随意契約」と聞くと、悪いイメージが強いでしょう。随意契約はいけないことであり、贈収賄事件や業者との癒着などを思い浮かべるはずです。しかし、ほんとに悪い制度であれば、法律で随意契約を禁止すれば良いのです。
では、なぜ随意契約を禁止しないのでしょうか?
そもそも、どのような目的で随意契約という契約方式が存在するのでしょうか?
これらの疑問について、わかりやすく解説します。
官公庁が事業を行うときは、国民の税金を使用して、民間企業とさまざまな契約を締結します。工事請負契約や物品購入契約、役務契約などです。そして契約の相手方を選ぶ契約方式は、一般競争入札が原則です。「契約方式」とは、官公庁が契約の相手方を選ぶ方法という意味です。根拠法令は、国の場合は会計法 第29条の3、地方自治体の場合は、地方自治法 第234条です。
随意契約は、一般競争入札の例外として法令で認められています。随意契約に絡む不正事件が時々報道されますが、昔から一般競争入札が原則で、随意契約が例外という扱いは変わっていません。不正事件が生じるなら随意契約を廃止して、すべての契約を一般競争入札で実施すれば良いと思うかも知れません。
しかし一般競争入札という契約方式は、極めて煩雑な手続きが必要になります。ひとつひとつの契約手続きが法令で定められているので、時間がかかってしまうのです。簡単にいえば、「時間のかかる大変な手続きが一般競争入札」なわけです。
ところが、これらの大変さを客観的に示すデータが存在しません。実際に実務を担当した人しか、一般競争入札の大変さはわからないのです。そのため、マスコミや学識経験者など多くの人は、現実を知らずに随意契約を批判してしまうのです。事実を客観的に証明するデータが存在しないため、実際のところがわからずに、安易に随意契約を批判してしまうのです。
もっと言えば、自分で仕様書や予定価格を作成した経験のある契約担当者にしか、入札を実施する場合の大変さは理解できません。完成した書類(仕様書や予定価格調書など)だけ見ても、作成経験のない人には、「簡単に作れる書類」に思えてしまうのです。例えば、仕様書の中のひとつの文章、予定価格積算の中のひとつの金額が、どれほど検討した後に導き出されたものかは、実務担当者にしかわかりません。ベテランの契約実務担当者になれば、ひとつの金額を見ただけでも、どれほど大変だったかすぐに理解できますが、作成経験のない人にはわからないのです。
会計検査や外部監査などで、ときどき「的外れな指摘」があるのは、このためです。書類を作成したことのない人に、正しい指摘はできないのです。
多くの時間と労力が必要で大変なら、「お喋りせずに真面目に働けば解決するはず」という公務員を批判する声が聞こえます。でも以下で詳しく説明しますが、そんな甘いものではありません。
随意契約は、一般競争入札の欠点である、煩雑さと膨大な労力を節約するために存在する契約方式なのです。「業務を効率的に進めること」ができるのが随意契約のメリットです。では具体的に、数値を用いて一般競争入札と随意契約を比較します。
一般競争入札と随意契約の手続きを比較
競争入札には、「一般競争入札」と「指名競争入札」があります。この解説では、「一般競争入札」と「随意契約」を比較します。一般競争入札は、一般競争契約と呼ぶこともありますが同じ意味です。入札を終えた後で契約を締結します。手続きの時点で呼び方が異なっているだけです。
説明をわかりやすくするため、具体例を設定します。総額 200 万円のパソコン(1台20万円相当のパソコンを10台)を購入する契約手続きを想定します。この手続きを、一般競争入札と随意契約で細かく比較します。契約手続きの流れに沿って、労力(業務量)を数値化して比較します。
なお日常の契約手続きは、ひとつの契約だけに集中して仕事することは、実務上あり得ません。いろいろな仕事を行いながら、他の仕事と並行して一般競争入札の手続きを進めます。ここでの説明でも、実務に即して、他の日常業務を行いつつ、一般競争入札や随意契約を進めることを想定しています。(2020年頃から、電子入札が普及してきました。電子入札では、入札会場の設営や、開札手続きが不要になりますが、無視できるほどわずかな負担軽減でしかありません。実務上はそれ以外の部分が大変なので、電子入札の導入によって、負担が減るわけではありません。むしろ電子入札の操作を覚える方が大変なのではないでしょうか?)
では、契約手続きの順に解説します。
仕様決定、買いたいパソコンの検討
最初に、購入するパソコンを選定する作業が必要です。
入札の場合
競争性を確保するため、大手メーカー(6社程度)のカタログと定価表を収集します。
インターネットを利用し、各メーカーのWEBサイトから該当品を検索しダウンロードしたり、販売会社へ電話してカタログと定価表を取り寄せます。多数の会社が入札へ参加できるよう、特定メーカーに依存しない仕様書を作成するための検討資料を集めます。通常、1週間程度の期間(調査時間、依頼時間、待ち時間)が必要です。
官公庁の入札担当者は、他の仕事(別の契約手続きや、決裁書類の作成、古い物品の修理対応など様々です。)も行いながら書類を集めたり作成します。ここの手続きは、正式に仕様決定する前段階の準備作業になります。正式決定は、この後説明する仕様策定委員会で行います。
随意契約の場合
特定のメーカー2~3社を比較して、一番良さそうな機種(コストパフォーマンスの高い機種)を選ぶだけです。作業期間は1日あれば十分です。
仕様書の作成
販売会社へ契約内容(購入したい条件)を提示するための仕様書を作成します。販売会社は、仕様書に基づいて、入札の準備や契約金額の積算を行います。販売会社に対して、官公庁側が求めたい内容を仕様書として作成します。
入札の場合
インターネット上のWEBサイトなどへ入札公告を公開します。一般公開するため、多数の販売会社が公平に参加できるように仕様書を作成します。特定のメーカーしか参加できないような不公平な仕様書を公開してしまうとクレームが入り、入札は中止になってしまいます。一般公開する入札では、クレームが入るような不公平な内容は、絶対に避けなければなりません。
必要とする性能、付属品、ソフト類を選定し、納入期限や納入方法などの契約条件を検討して仕様書を作成します。一人の担当者のみが作成すると恣意的になってしまうので、3~5人の複数メンパーで構成する「仕様策定委員会」を設置し、仕様を最終決定します。
仕様策定委員会を開催するためには、最初に委員の選任手続きが必要です。専門分野が偏らないよう、バランスよく委員を選びます。本人へ事前に打診し、その後に委員への委嘱簿の作成、委員会開催日程の調整、委員会での審議資料の準備を行います。これらの作業には、最低でも10日ほど必要です。委員の選定、委員会の日程調整に時間がかかります。
実際に開催する仕様策定委員会では、購入したい機種の性能について、必要性を詳細に検討します。会議時間の制約から、1回で完了できないこともあります。そうなると、仕様策定委員会の開催数に比例して、時間と書類作成の手間が加算されます。今回の比較では、説明をわかりやすくするため、1回で仕様策定を完了したと仮定します。
随意契約の場合
担当者ひとりで仕様書の作成が可能です。
複数メーカー(2社)の機種を選定し、競争性を確保すれば問題ありません。2時間程度で仕様書が完成します。
入札公告の準備と掲載手続
上記の仕様書が完成した後に、入札公告を公開します。
入札の場合
入札公告を、一般公開用のWEBサイトへ掲載します。同時に職場の掲示板へも入札公告を掲載することもあります。WEBサイトへの入力と、職場の玄関などにある掲示板へ掲載するのに半日ほど必要です。電子入札の場合には、WEB上への入力について、ログイン方法や入力方法をマニュアルで確認することになります。入札公告は、数か月に一度の掲載手続きのため、毎回マニュアルで確認しないと覚えきれません。
また職場の掲示板へ掲載するときは、掲示板を管理する総務担当部署へ説明し、掲示板の使用許可を得ます。その後、庁舎内の掲示場所へ行き入札公告を掲示します。公印を押印した入札公告を貼付します。守衛さんや警備員さんへも挨拶と説明を行っておきます。初めての会社は、近くにいる守衛さんへ「契約担当部署への行き方」などを尋ねることが多いです。
(電子入札の普及によって、職場の掲示板への入札公告貼付が少なくなっていますが、少し間違った方向へ進んでいるようです。電子入札などの「パソコン操作が苦手な中小企業」を排除するような電子入札は、公平性に大きな問題があります。特定のIT企業だけが儲かる電子入札は、いかがなものでしょう?)
随意契約の場合
この入札公告掲載手続きは不要です。
入札に関する問い合わせ対応
入札公告を見た民間会社の営業担当者からの「問い合わせ」への対応です。営業担当者から尋ねられる主な内容は、調達物品の内容の確認、類似品の入札可否、入札参加資格、仕様書などの入札関係資料を受け取る場所などです。
入札の場合
入札公告期間の最低日数が、会計法令で義務付けられています。国の場合は、入札公告から開札まで最低10日間は必要です。通常、土日の休業日を考慮して2週間以上掲載します。入札公告の掲載期間中は、入札公告を見た会社からの質問などへの対応と、入札関係資料の配布や説明が必要です。(電子入札では、WEB上だけでメールやりとりすることが多いです。)
入札に関して質問があれば、その質疑応答を他の参加者へも連絡します。同じ条件で入札するために、情報も平等でなければなりません。後日、落札できなかった会社から、「その情報がわかっていれば、もっと安く入札できた。」とクレームが入れば、入札は中止になってしまいます。質疑応答は記録に残し、入札参加者全員へ公平に伝えます。
質疑応答は、かなりの負担になります。質問内容の調査、他メーカーへの確認、仕様書の記述方法の修正、上司への相談など、かなり慌ただしくなります。そのため、契約担当者としては質問が出ないように「わかりやすい仕様書」を作成しなければなりません。
随意契約の場合
この手続きは不要です。
予定価格調書の作成
開札するときの、落札上限価格を「予定価格調書」として作成します。多くは非公開ですが、地方自治体などでは事前公開しているところもあります。
入札の場合
法令で定められた予定価格調書を開札前に作成します。
取引価格の実例を調査するため、他の官公庁での契約実績を調べます。入札に参加を希望する会社から提出された「納入実績一覧表」に基づき、納品先を調査します。納品先の官公庁へ電話して、購入の事実を確認します。購入が確認できたら、正式な文書で「購入実績の照会」を行います。予定価格を作成するために必要な情報(契約当時の見積書、定価、契約金額、契約方式)を文書で回答してもらいます。通常、5~10箇所ほどの官公庁を調べます。相手先官公庁の回答時間や待ち時間を含めて2週間程度が必要です。
契約実績は、過去の取引価格の調査です。購入した官公庁の担当者に対して、過去の契約書類を探してもらうことになります。少し古い契約書類になると、離れた倉庫に保管されていることが多いです。その分調査に時間もかかります。通常業務の合間に、倉庫のキャビネットを調べてもらい、該当書類を探してもらうのです。これらの作業は、「購入実績の照会」と呼ばれ、会計検査院などからも、十分に調査するよう指示されています。過去の「値引き率」を調べる大変な作業です。
随意契約の場合
調査対象は1~2箇所、電話照会のみで完了します。口頭確認したことをメモするだけです。3日程度で完了します。
開札手続き
入札会場で、入札執行官と入札参加者で開札を行います。
入札の場合
開札前に、会場の設営を行います。開札当日の業務は、入札書の内容確認、読み上げ、落札後の打ち合わせです。当日の会場準備から落札決定、契約の打合せなどで3時間程度必要です。電子入札はWEB上で行います。
開札時間が午前中のときは、前日に会場設営することが多いです。電子入札では会場設営は不要です。ただ、わずか3時間ほどの業務負担なので、電子入札のメリットは、ほぼないです。
随意契約の場合
不要です。見積もり合わせは、郵送やメールなどで見積書を取り寄せるだけです。見積書を契約担当者が確認するだけで、契約の相手方を決定できます。随意契約では、「開札」という概念がありません。
一般競争入札と随意契約の比較、入札は10倍の業務量
上記を集計します。
入札の場合は、45日間と7時間です。約46日間が必要です。土日を除くと月20日平均なので、約2ヶ月間の業務量(契約手続き期間)です。
随意契約の場合は、4日と2時間です。およそ5日間の業務量です。
パソコンを購入するという契約手続きでは、次のように差があります。
契約手続きの業務量比較
一般競争入札 2 ヶ月間
随意契約 1 週間
契約の相手方を選ぶまでの契約手続きが、一般競争入札なら 2 ヶ月間、随意契約なら 1 週間です。相手方を決定した後に正式な発注になるので、納品までには、さらに時間を費やすのです。
つまり、随意契約の手続きに比べて、一般競争入札は 10 倍も手続きに時間がかかってしまうのです。随意契約の方が 10 倍も早く契約できます。どちらが効率的かは明白です。比較にならないほど大きな差です。そのため、一般競争入札を実施するケースは、契約金額が高額なものとすることが会計法令で定められています。例えば物品購入契約であれば、160万円を超える契約が競争入札の対象になります。契約金額が160万円以下の少額な場合は、随意契約を可能とし、業務の効率化(事務簡素化)を図っています。
購入物品を使用する側から見ても、発注するまでに 2 ヶ月待たされるのと、1 週間待たされるのでは、どちらが良いでしょうか?
このように、「業務の効率性」という観点では、圧倒的に随意契約が有利なのです。これが随意契約の最大のメリットです。一般競争入札と随意契約の手続きの違いになります。残念なことに、これらの違いは、自分で書類を作成した経験のある担当者しか理解できないのです。
マスコミなどが報道する際には、随意契約というだけで批判するのではなく、実際の手続きなど、正確な事実を伝えてもらいたいです。実務を知らない学識経験者の意見だけでなく、現場の担当者の労力も伝えて欲しいものです。
一般競争入札と随意契約の労力を数値で比較
わかりやすく上記の数値をまとめました。
一般競争入札と随意契約の手続き期間比較表
区分 | 一般競争入札 | 随意契約 |
仕様決定 | 1週間(7日間) | 1日間 |
仕様書の作成 | 10日間 | 2時間 |
入札公告 | 半日(4時間) | 不要 |
問い合わせ対応 | 2週間(14日間) | 不要 |
予定価格調書の作成 | 2週間(14日間) | 3日間 |
開札手続き | 3時間 | 不要 |
合計 | 45日7時間 | 4日2時間 |
コメント
初めまして。IT企業で入札案件の担当者をしている者です。
どの省庁にも見た目は「最低価格落札方式の入札」ですが、仕様書を読むと1社しか参加できない「実質的な随意契約」のような案件が山ほどあります。
例
・A社の◯○を使用すること ⇒ A社以外は有償になるので価格で絶対に負ける
・システムのテスト運用会社が本システムの入札に参加できる ⇒ システム構築などの経費が掛からないため、価格で絶対に負ける
この様な実質的に1社応札になるような案件が随意にならないのは、単純に随意に持っていくのが大変(面倒)だからなのでしょうか。
また、上記の様な案件で落札率99.5%近くを複数叩きだしている会社が数社あります。
違法性は無いと思いますが、納得は行きません。この様な入札は無くならないのでしょうか。
コメントありがとうございました。管理人です。
実質的に1社しか入れない入札案件が多いとの御指摘、たしかに、IT関係では、その通りだと思います。入札を実施する担当者としては、まず第一に、「リスクのない」契約を考えてしまいます。国民の税金を使うので、契約を締結した後に、「やっぱりできませんでした。」では済まされません。特にソフトウェアを含む契約では、互換性を最優先します。ソフトの互換性は、実際に動かしてみないとわからないことも多く、(市販されている製品でさえ、バグが無数にあります。世の中に完璧なソフトは存在しません。はるか昔、私もC言語でソフト開発してました。)そのため、少しでもリスクを減らそうと、安全を考えて特定のメーカーを指定することがあります。
御指摘にあるように、「実質的に1社なのに、なぜ入札を行うか」ということですが、会計法令(規則などのルール)で「入札の対象」になっているからです。契約実務担当者としては、随意契約の方が楽です。入札を実施する方が、ずっと大変です。現在は、入札対象の契約について、最初から競争性を排除した随意契約を締結すると、批判の対象になってしまうので望ましくないです。それと「事前に、この契約内容では1社に限定されるだろうな」と予想されても、実際に入札してみないとわからないからです。もしかしたら、複数社が安く参加する可能性も排除できません。
最後に、「最初から特定の会社が落札する」ような入札案件をなくす方法ですが、次の方法が考えられます。
仕様書を作成する前段階から、複数社が参加して、平等(公平)に参加できる仕様内容を検討する方法です。これが理想なのですが、かなり困難です。
これは、想定しているIT会社の技術情報を他社へ公開し、これから入札へ参加したいと思う会社と一緒になり、システムの仕様書を作成することになります。さらに、仕様書を作成していることを公開し、作成途中で、他にも参加したい会社があれば、いつでも参加させて、すべてが平等に参加できる仕様書をみんなで作成することです。
実際には、これが不可能なので、特定メーカーを指定するような仕様になってしまいます。
官公庁側の契約実務担当者は、ITの専門家ではないので、各社の意見を取り入れた仕様書のとりまとめや作成は不可能です。どこかの会社の技術者が、「落札できなくても公平な仕様書を作りたい」と言ってくれないと、実現は困難かと思われます。
3年間1億円もする業務委託契約を随意契約ですることはあるのでしょうか?
管理人です。
コメントありがとうございます。
3年間で1億円の業務委託契約は、可能性はあります。
例えば、入札手続きを行った際に、落札しなかった「不落随意契約」や「競争性のない随意契約」のケースです。契約内容と契約手続きの経緯がくわしく判明すれば、もう少し具体的に解説できると思います。
高額な随意契約で多い例は、「競争性のない随意契約」予決令102-4-3です。