職場の「おしゃべり」を「協調性」と勘違い、正しい上司と部下

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部下に対する正しい「指導方法」、「おしゃべり」についての解説です。「ハラスメント」という言葉が誕生し、部下に対する指導がむずかしい時代になりました。職場での「おしゃべり」、「楽しい仕事」と「ふざけた仕事」の違いについて解説します。

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嫌われる「昔の指導方法」

 

年令を重ねるにつれ、若い部下へ指示(命令)しなければならない場面が多くなります。大きな組織ほど、係やチームが多数置かれ、部下の人数も多く、年上の部下や性格の合わない人と接する確率が高くなります。部下へ指示するときに、指示の意味を理解させるため、昔の話を「例に」説明するのは、大抵嫌われます。

 

特に、今の若い人たちは、自分と波長の合う、仲の良い同僚や先輩の言うことは真面目に聞きますが、単なる仕事上の上司の話は、「説教されているよう」に受け取ってしまいます。上司が昔の話などすれば、今の人たちは、「若い自分たちの世代が否定されている」ように感じ、ますます心が離れ、言葉が理解されなくなってしまうのです。

 

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「先輩」についていく

 

現在は、「ハラスメント」という言葉が誕生し、「自分には無理と思える仕事」や「嫌な仕事」を指示するだけで、「パワーハラスメント」が成立してしまう寂しい世の中です。

 

30年ほど前(1985年頃)までは、「ハラスメント」という言葉は存在しませんでした。職場に採用されたら、先輩や上司を尊敬し、指示されたことを忠実に守り、勤務時間内はもちろんのこと、仕事を終えた勤務時間外でさえも「先輩についていく」のが、「社会人」だと教育されていました。

 

昔は、「上司に仕事をさせるなど、失礼極まりない」と教育されていました。上司が忙しそうに仕事をしているなら、部下は率先して、その仕事を引き受けるのが当たり前でした。社会人は学生と違い、家にいるとき以外は職場のために働くのが当然でした。「仕事は、部下(係員)が行うもの」という伝統的な職場のルールが完全に確立していました。若い人たち同士も、係を超えて「お互いを手伝う」という協調性もありました。そのため、係員同士が、係を超えて仲が良く、時には上司を誘い、一緒にスポーツをしたり、お酒を飲んだり、休日は旅行に行ったりしていました。

 

当時は、「先輩から何かを学ぼう」と、ついていくのに必死で、ストレスを感じる暇さえありませんでした。現在(2015年)は、ストレスによる病気で、休職になる人が増えています。昔は、毎日が必死で、「病気になる暇さえありません」でした。「上司に仕事をさせる」などという恐れ多い考えもなかったので、若い時は必死で仕事を覚えていました。考えて見れば、家で寝ているとき以外は、必死に仕事を覚えてたわけです。現在の若い人たちとは比較できないほど知識を習得できたのです。(こういうことを言うと、「パワハラ上司」として、また若い人に嫌われます。)

 

自惚れにもなってしまうのですが、このような昔の思い出に浸ることが多くなりました。これは現在の係長クラスは、「部下(係員)に対して、仕事の指示ができない」人が増えてきたことによるものです。

 

その理由として、部下に対して指示して仕事を任せるよりも、自分で仕事をした方が早いし効率的と考えてしまうことです。思いやりもあるのか、「部下も大変だろう」と思い、遠慮して仕事を指示しないのです。また上司である自分自身が仕事に自信がなく、「自分自身で仕事をしないと覚えられない」と思っているのです。

 

しかし、いずれも、これらは間違った考え方です。

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係やチーム、「組織の意味」を考える

 

組織の中に、「係」や「チーム」体制があるのは、「仕事を組織として行うため」です。「責任を持って行うため」です。仕事は、個人で行うものではなく、係(組織)単位で行なうものです。

 

「個人」で仕事をしてしまうと、その人が休暇や出張で不在のときや人事異動でいなくなったときに、致命的なダメージを受けます。個人で行っていた仕事は、他の人が情報を共有できず、フォローできないのです。仕事がストップしてしまうのです。そのため昔は、仕事は部下が担当し、上司は内容を確認するという伝統がありました。つまり、個人で仕事をするのではなく、情報共有ができていたのです。

 

特に、お金を扱う部署(会計係など)では、運が悪いと、内部牽制が機能せず、横領などの犯罪まで起きてしまいます。時々、マスコミで横領事件が報道されますが、その多くの原因は、長期間ひとりの担当者が経理を担当し、上司を含め他の誰もがチェックできなかったという、個人任せの仕事がほとんどです。

 

個人で仕事を行うのは、極めて「危険で弱い組織」です。

 

仕事を「組織で行う」という意味は、上司の係長が、部下の係員に対して、仕事の指示を適切に与え、仕事の進み具合を管理し、係全体をコントロールすることです。係員の間でも、お互いに仕事を助け合い、お互いの仕事を理解するという「協調性」も大切になります。

 

係の仕事は、「係員誰もが対応できる」という組織が、「強い組織」です。同僚の仕事を手伝うことで、自然と「内部牽制」機能も働き「不正防止」にもなります。

 

新任の係長は、その係の実務を知らない人も多いです。しかし本来、係長は、実務を知る必要はありません。係長は、部下に対して仕事を指示し、その進み具合や結果を管理するのです。部下から「ここがわからない」と相談を受けたら、ヒントだけ与えて「調べろ」と指示すれば良いのです。

 

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部下を「指導するコツ」

 

係員から書類の処理方法について質問があれば、係長が調べて教えるのではなくて、係員に対して「調べる方法を指示」し、その結果を報告させるのです。係員自らが調べて理解しないと意味がありません。いつまで経っても仕事ができない人になってしまいます。そして報告させることで、係長も「知識を蓄積」していくのです。

 

本来、「わからない仕事を調べるのが係員の役目」です。係長が自ら調べて、部下へ「結果を教えてはいけません。」それでは係員の教育にならないのです。係長は、わからないことの「結果を教えるのではなく」、わからないことを「調べる方法を教え指示する」のです。係長が、わからないことを調べるよう、部下へ指示しないと、係員は仕事を覚える機会をなくし、結果的に「仕事のできない人」に育ってしまいます。

 

「勉強する機会を奪ってしまう」のです。

 

さらに、部下へ指示できないと、係長が仕事を抱えてしまい、係全体をコントロールすることが不可能になります。係の仕事が停滞し、結果的にミスも多くなります。

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「楽しい仕事」と「ふざけた仕事」の違い

 

職場での仕事は、「楽しく」行なうものです。しかし「楽しい仕事」と「ふざけた仕事」は違います。特に女性に多いのですが、この違いを理解できない人がいます。

 

「楽しい仕事」とは、「わからない仕事」や「困難な仕事」をやり遂げたときの達成感から「楽しさ」を感じるものです。誠心誠意努力し、歯をくいしばって頑張り、できるかわからないギリギリの状態の中で、成し遂げたときに「達成感から楽しくなる」ものです。全力を出し切って、同僚を助け合いながら達成したときの感覚です。

 

仕事中に「おしゃべりに専念」するのは、「楽しい仕事」ではなく、それは、「ふざけた仕事」です。無責任な発言による「ふざけた仕事」からは何も得られません。また、「おしゃべり」することが、「協調性がある」ことと勘違いしている人もいます。

 

本当の意味での「協調性」とは、困難な仕事や大きな仕事を、お互いに分担しながら助け合い、成し遂げることです。周りの人の意見に耳を傾けながら、良いアイデアを取り入れることです。困難に直面したときに知恵を絞り工夫し、解決策を見出すことです。助け合い、より良い仕事を行うことです。

 

「おしゃべり」は、協調性とは関係ありません。冗談ばかり言って笑い合っているのは「協調性」ではありません。それは「井戸端会議」です。

 

人を育て、本当に「楽しい仕事」を教えるために、上司は、遠慮なくビシビシと、部下に対して正しい指導を行うべきです。

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