論文不正は、日本の科学研究を脅かす問題です。真理の探究を行う研究者が、嘘をつくようでは何も信じられません。研究そのものが否定されてしまいます。日本は、研究不正大国、研究捏造大国とまで言われています。論文不正の原因をわかりやすく解説します。
そもそも論文は役に立つ?
本サイトは、官公庁の会計手続きの解説を目的としています。しかし近年(2013年)は、競争的資金という研究費が急増し、論文不正の一因になっています。論文不正を含む研究費の不正使用は会計実務に直接影響します。そこで今回は論文不正について解説します。
研究データを捏造するなどの論文不正問題が、毎年のようにマスコミで報道されます。2012年には、研究室内で行なわれた論文不正の監督責任をとり、東京大学の教授が自ら辞職しました。
最初に、そもそも論文とは何か簡単に解説します。
論文は、小説や漫画のような面白さはありません。多くの人には興味が持てないはずです。一部の頭の良い人たちが難解な文章を書いているくらいの印象かもしれません。論文が実社会に役立つことを知っている人は稀です。
論文とは、真理を探究し、その経緯と結果を文字で表現したものです。簡単にいうと研究成果をまとめたものです。研究とは、何かの課題を解決するために知的な冒険に旅立つイメージです。普通の冒険は体力勝負ですが、知的な冒険は、世の中に蓄えられた他の論文を知識として使います。知識を武器に冒険を行うわけです。
論文の文章表現は論理的でなければなりません。内容に矛盾がなく、他の論文の引用方法など誰もが納得する作法で書きます。何かの新しい発見について、論理的に文章としてまとめます。学術の研究成果なので、実際の生活や社会に役立つかどうかは関係ありません。
論文が実際に役立つ場面は、同じ研究者仲間の世界です。研究に必要な情報として役立ちます。典型的なのが学会です。同じ専門分野の研究者が集まり、お互いの研究成果を論文として発表します。同じ学会に所属する研究者は、同じような未解決の課題を抱えており、誰がその課題を最初に解決するか注目しています。
多くの論文は、すぐに社会で役立つものではありません。しかし社会そのものを変えてしまうような論文もあります。例えば、社会に役立つ研究成果の例として iPS 細胞があります。京都大学の山中教授が、誰も思い付かない方法で iPS 細胞を発見しました。iPS 細胞によって難病が治療できるようになるかもしれません。既にノーベル賞を受賞した世界一の研究です。
研究者の評価とは
研究者は、研究成果をまとめた論文で評価されます。他の研究者が使いたくなるような論文、インパクトファクターと呼ばれる被引用数の多い論文ほど、研究成果としての価値が高いのです。
そのため研究者たちは論文を書くことに力を注ぎます。被引用数の多い質の高い論文や、多数の論文を書くことに懸命になります。学会で論文を発表して多くの研究者に認められれば、研究者としての地位が高くなり出世も早くなります。
いろいろな研究者が利用する論文が執筆できれば、助教から講師、准教授、教授へと昇進するスピードが早くなり、周囲への発言力も強くなります。今までにない画期的な論文を発表できれば、人も金も自然に集まるようになります。もし世界一の業績として認められるノーベル賞を受賞すれば、最新の研究設備が整った新しい研究棟が建ちます。
研究者の世界は論文がすべてです。言い方を換えれば、研究者は、数多くの論文を発表して同じ研究者たちに認めてもらわなければ生きていけないのです。特に雇用期間の短い任期付研究者は、多数の論文が必要なのです。
民間会社の営業担当者であれば、努力した結果は売上金額などの客観的な数字で確認することができます。しかし研究者は、論文の被引用数だけでなく、周りからの評価も重要です。同じ分野の研究者の中でも、実績のある発言力の強い研究者に認めてもらうことが必要です。
なぜ論文不正がなくならないのか
ではなぜ論文不正がなくならないのでしょう?
理由は簡単です。歪んだ競争意識が原因です。
わかりやすいように野球を例にしましょう。
野球のバッターであれば、ホームランが多ければ評価されます。たくさん練習し体力をつけ、技術力を磨いて、その結果としてホームランを打つのが正しい行動です。
他の人よりボールを遠くへ飛ばすため、わからないようにバットの材質を変えたり、バットの中身を細工すれば、自分で努力せずホームランを増やすことができます。
しかし、これは野球のルールに違反し不正行為です。見つかればスポーツマンシップを無視する卑怯な行為として、ペナルティーが課せられるでしょう。悪質であれば永久追放など、選手生命を絶たれる可能性さえあります。
研究者は論文で評価されます。歪んだ競争意識を持つ研究者は、質の高い論文に見せるため、都合の良いデータを勝手に作ってしまいます。事実を客観的に証明するはずの実験データを、自分が主張したい内容に沿うよう修正してしまいます。自分の都合の良いようにデータを書き換えてしまうのです。早く論文を認めてもらいたい、安定した身分が欲しい、有名になりたいなどが動機です。実験データを捏造すれば、もはや真実はわからなくなってしまいます。虚偽のデータは科学を壊します。
2004(平成16)年、国家公務員の定員削減を目的に国立大学が法人化されました。その結果、安定した研究を行うための予算が、毎年削減されました。その代わりに、研究内容を評価して研究費を配分する競争的資金が急激に増加しました。
若手の研究者は、安定した身分と研究費を獲得するため、論文で競争しなければならない時代になっています。質の高い論文を数多く書かなければ生活できないのです。特に、助教や任期付研究員などの若手研究者は、雇用期間が 3 年から 5 年の不安定な身分です。雇用財源さえも競争的資金のため、短期間での研究成果が絶対に必要です。早く論文で評価されないとクビになってしまうのです。
研究分野における正しい競争とは
研究不正が起こる原因は、公正さが最重要であるはずの教育研究の現場へ競争原理を導入したためです。
本来、競争原理が社会に役立つのは、同じ用途の商品やサービスに対してのみです。簡単な例ではパソコンです。CPUや部品の技術開発競争によって、高性能で低価格なパソコンが普及しました。世界中の人たちに役立っています。これは用途が単一のものを製造する競争相手が多く、かつ、利用者が世界中に多数存在しているからです。多くの需要があれば競争が正しく機能します。
開発競争に基づく結果であるパソコンの需要が無限にあるからです。需要があり売上が伸びれば、開発予算や人件費も十分に確保できます。
ところが研究分野に対して、雇用されたい、研究費を獲得したいなどの競争原理を取り入れてしまいました。
上記のパソコンを例にすれば、競争に基づく結果は論文です。そして需要は、すぐに社会で役立つかということです。つまり需要がわからない研究分野では、健全な競争ができないのです。
研究成果には需要がありません。また不安定な身分と少ない研究費という条件の中で、公平に競争を行なうこと自体に無理があります。将来が不安で研究費もない状況で、落ち着いて正確なデータを蓄積する研究など不可能です。のんびりしていたらクビになるのです。歪んだ競争意識が生まれてしまうのです。
では、これらの今までの歪んだ競争制度を改善する方法はあるのでしょうか?
現状の制度的な問題点はどこにあるのでしょうか?
研究現場へ競争原理を取り入れてしまっている、現在の科学技術政策を方向転換すべきです。研究者の身分と、研究費の獲得を競争状態にしていることが間違いです。
本当の研究現場の競争とは、身分や研究費を対象とすべきではありません。研究内容に競争原理を導入すべきです。安定した身分と研究費を保証して、研究内容で競争すべきです。それなのに、その前段階である研究者の身分や研究費を不公平な状態にしたまま競争させているのです。
将来に不安のない安定した身分と研究費の保証そが、研究成果の質を高め、真の競争を可能にするのです。
くどいようですが、わかりやすく、たとえ話で説明します。
スピードスケート競技を実施するときに、スケート靴を持ってない裸足の人と、最先端のスピード靴を持っている人を、競争させているのが現在の研究環境です。競争を行う以前から不公平なのです。
解決策は、競争的資金という研究費を全て廃止し、安定した研究費へ振り替え、人件費と研究費を継続的に確保できる研究環境へ変えることです。
選手全員へ、普通のスピード靴を公平に持たせ、真の競争環境を構築するのです。
コメント