官公庁の会計実務担当者にとって、3月は最も忙しく、そして神経を使う時期です。特に「衆議院解散」や「議会の混乱」といったニュースが飛び込んでくると、「4月からの予算はどうなるの?」「支払いは止まってしまうの?」と不安を感じる方も多いのではないでしょうか。
通常、4月1日からは新しい「本予算」に基づいて業務が行われますが、政治的な事情でこの予算が成立しない場合、「暫定予算(ざんていよさん)」という緊急措置が取られることがあります。言葉は聞いたことがあっても、実際にどのような経費が執行可能で、実務がどう変わるのかを正確に理解している人は意外と少ないものです。
本記事では、この「暫定予算」について、初心者の方にもわかるように基礎から解説します。「骨格予算」との違いや、法的根拠、そして最も重要な「現場で何が起きるのか」について、実務担当者の視点でまとめました。これさえ読めば、もしもの時も焦らず冷静に対応できるはずです。
はじめに:4月1日に予算がない!?その時どうする?
「衆議院が解散されたため、来年度の本予算成立が4月に間に合わない見込みです」
このようなニュースが流れたとき、ベテラン職員は「またか」と冷静ですが、初めて会計実務を担当する若手職員や、異動してきたばかりの方は顔面蒼白になるかもしれません。
「予算が成立しないと、4月から給与が止まるの?」
「電気代や水道代も払えなくなる?」
「4月1日からの委託契約はどうすればいいの?」
公務員にとって、予算は命です。予算がなければ1円も支出できないのが「予算執行の原則」だからです。しかし、安心してください。国も自治体も、政治的な空白によって行政サービスが停止しないよう、「暫定予算(ざんていよさん)」という安全装置を用意しています。
この記事では、衆議院解散や議会の混乱などで本予算が成立しない場合に登場する「暫定予算」について、現場の会計実務担当者が知っておくべき基礎知識をわかりやすく解説します。
暫定予算とは?「つなぎ」の生命維持装置
暫定予算とは、新しい会計年度(4月1日)が始まるまでに本予算(当初予算)が成立しない場合に、予算が成立するまでの「当面の間」の支出を賄うために組まれる予算のことです。
通常、予算は4月1日から翌年3月31日までの1年間を単位として作成されます。これを「本予算」や「当初予算」と呼びます。しかし、選挙や議会の対立などで3月31日までにこの本予算が議決されない場合、4月1日からの行政運営がストップしてしまいます。
そこで、本予算が成立するまでの1ヶ月間や数ヶ月間などの期間を区切り、その期間に必要最小限の経費だけを計上して議決を得るのが暫定予算です。
いわば、本予算という「正式な活動計画」が決まるまでの間、役所という組織を死なせないための「生命維持装置」のような役割を果たします。
「暫定予算」と「骨格予算」の違いに注意
自治体職員の方が特に混同しやすいのが、「骨格予算(こっかくよさん)」との違いです。実務では明確に使い分けられていますので、整理しておきましょう。
暫定予算(ざんていよさん)
- 期間: 1ヶ月〜数ヶ月程度の「期間限定」予算です。
- 理由: 議会の対立や解散などで、本予算自体が成立しない緊急事態に編成されます。
- 内容: 期間内に必要な義務的経費や継続経費のみ計上されます。
- 国・自治体: 国では衆議院解散時によく見られます。自治体でも議会と首長が激しく対立した場合などに発生します。
骨格予算(こっかくよさん)
- 期間: 4月1日から翌年3月31日までの「1年間」の予算です。
- 理由: 年度当初に首長(知事や市町村長)の選挙が控えている場合に編成されます。
- 内容: 新しい首長の政策を反映させる余地を残すため、義務的経費を中心とした「骨組み」だけで構成し、政策的な予算(肉付け予算)は選挙後に補正予算で追加します。
- 国・自治体: 主に自治体で使われる手法です。
今回のように「解散総選挙で本予算の審議が間に合わない」というケースは、期間を区切った「暫定予算」に該当します。
法律上の根拠を確認しよう
上司や議員から根拠を聞かれたときに答えられるよう、根拠法令を押さえておくことは実務担当者の基本です。
国の場合
財政法に規定があります。
財政法 第30条
内閣は、必要に応じて、一会計年度のうちの一定期間に係る暫定予算を作成し、これを国会に提出することができる。
地方自治体の場合
地方自治法に規定があります。
地方自治法 第218条 第2項
2 普通地方公共団体の長は、必要に応じて、一会計年度のうちの一定期間に係る暫定予算を調製し、これを議会に提出することができる。
このように、法律上も明確に認められた正規の手続きですので、「違法状態」になるわけではありません。
実務への影響:何が払えて、何が払えない?
会計担当者にとって最も重要なのは、「で、具体的にどの支払いができて、どれが止まるの?」という点でしょう。
暫定予算の基本原則は、「行政活動を維持するための必要最小限の経費」です。具体的には以下のような分類になります。
執行できる経費(OK)
- 義務的経費: 職員の給与、生活保護費、年金支給などの社会保障関係費。
- 継続費: 前年度から続いている契約(庁舎の清掃、警備、電気・ガス・水道代など)。
- 進行中の事業: すでに着工している工事の代金など、支払いを止めると相手に損害を与えるもの。
執行できない経費(NG)
- 新規の政策的経費: 新しい道路の建設、新しいイベントの開催、新規の補助金制度など。
- 政策判断を伴うもの: 本予算で議論すべき、時の政権や首長の「色」が出る事業。
実務上は、4月に入ってすぐに支払いや契約が必要なもの(光熱費やリース料、非常勤職員の報酬など)は、暫定予算に含まれているため、通常通り事務を進めることができます。
一方、4月から新しく始める予定だった新規事業については、本予算が成立するまで「待った」がかかります。業者に対して「本予算成立後の発注になります」と説明し、契約時期をずらしてもらう調整が必要になります。
本予算が成立したらどうなる?「吸収」の仕組み
暫定予算の期間中に本予算が成立した場合、会計処理はどうなるのでしょうか。ここが少し魔法のような仕組みになっています。
財政法や地方自治法の解釈により、本予算が成立すると、暫定予算は本予算に吸収され、効力を失います。
財政法 第30条 第2項
② 暫定予算は、当該年度の予算が成立したときは、失効するものとし、暫定予算に基く支出又はこれに基く債務の負担があるときは、これを当該年度の予算に基いてなしたものとみなす。
つまり、暫定予算で支払った給与や電気代は、後から成立した「本予算」の中から支払ったものとして扱われます。帳簿上で「暫定予算分」と「本予算分」を別々に管理し続ける必要はなく、本予算成立後は、最初から本予算があったかのように一本化して処理を行います。これを実務上、「暫定予算の吸収」や「本予算への充当」と呼びます。
会計担当者が準備すべきこと
もし皆さんの組織で暫定予算が組まれることになった場合、以下の点に注意して準備を進めましょう。
- 契約書の確認
4月1日から開始する長期継続契約(電気、清掃など)については、暫定予算期間内であっても契約手続き自体は可能です。ただし、暫定予算中に新しく締結する契約書では、「本予算の成立を条件とする」といった特約条項が必要になります。 - 支払スケジュールの調整
新規事業に関わる支払いについては、本予算成立まで執行できません。どうしても支払いが必要であれば、暫定予算へ組み込む必要があります。 - 心構え
暫定予算はあくまで「非常時」の対応です。本予算が成立すれば、通常業務に戻ります。過度に不安にならず、「例年とは少し手順が違うだけ」と捉え、淡々と目の前の「義務的経費」の処理を進めることが大切です。
まとめ
暫定予算は、政治的な事情で予算が成立しない場合に、行政サービスを止めないための安全策です。
- 暫定予算は「期間限定のつなぎ予算」。
- 骨格予算は「1年間の基礎予算」。
- 義務的な支払いは止まらないので安心する。
- 新規事業は本予算成立までお預け。
- 本予算成立後は、すべて本予算に吸収される。
この基本を押さえておけば、いざという時に慌てず対応できるはずです。まずは自分の担当する支払いが「義務的なもの」か「新規・政策的なもの」かを確認することから始めましょう。

コメント