国立大学法人や独立行政法人が作成する財務諸表についての解説です。民間企業における財務諸表の役割は、財政状態と経営成績を明らかにするものです。利害関係者にとって重要なデータです。一方国立大学法人等が作成する財務諸表の役割は明確とはいえません。
財務諸表とは何か?その本来の役割を解説
2004(平成16)年度から国立大学が法人化され、国の組織ではなくなりました。会計手続きについても民間企業と同様の企業会計原則に基づく複式簿記が導入されました。毎年、財務諸表を作成し公開しています。独立行政法人も同様に財務諸表を公開しています。
民間企業における財務諸表の役割は、企業の財政状態と経営成績を明らかにするものです。企業の業績は、売上金額や利益の伸び率、資産の増減等を同種の他企業と比較することで判断できます。投資家や取引先などの利害関係者にとって財務諸表は重要な情報です。経営判断に影響を与える財務諸表は、民間企業にとって極めて重要な資料です。売上額の推移を見るだけでも経営状態を判断できます。
財務諸表から、経営が順調かどうか、安定した財務基盤があるかどうか、将来的なリスクがないか確認する材料になります。もし赤字決算が連続し、借入金などの債務も多く倒産リスクがあれば、代金の回収が不可能になるかもしれません。取引先が倒産すれば自分の会社の経営に直接影響します。財務諸表は、連鎖倒産などのリスク回避にも必須です。また法人税などの税額を計算するためにも必要です。
国立大学の財務諸表の役割とは?
一方、民間企業のように利益を追求しない国立大学法人や独立行政法人では、財務諸表の役割が明確ではありません。財務諸表を公開することで、何かが分かるということがないのです。対外的に説明責任を果たしている証明として財務諸表を作成しているだけです。財務諸表は、ライバル会社などの比較対象があってこそ意味があるものです。ところが営利企業でない国立大学法人などは、他大学と比較しても単に金額が大きいか小さいかしかわからないのです。
例えば営業利益が増えたとしましょう。民間企業であれば営業成績が上がったことになります。良好な営業成績です。ところが利益を追求しない国立大学では、営業利益が増えたということは、予算が余ったことを意味します。やるべきことをやらなかったことになります。授業を行わなかったために予算が余ったのか、必要な研究をやらなかったために研究費が余ったのか、という議論になってしまうのです。利益を追求する組織では良いとされる判断が、利益を追求しない組織では悪い判断になってしまうのです。公的組織と民間企業の大きな違いになります。国立大学などの財務諸表は数値を見ても判断ができず評価できないのです。
さらに過去からのデータ推移も意味がありません。運営財源の予算が政府に依存しているため、努力することで収入が増えるものではないのです。収入を見ても、その評価は不可能なのです。
特に不思議に思うのが、国立大学法人などの財務諸表を本当に必要だと感じている人の存在です。民間企業であれば、株の投資や、取引先の信頼度を確認するために財務諸表を見たいと思う人は多いでしょう。しかし国立大学法人などの財務諸表を見たいと思う人はいるのでしょうか。なぜ、このような疑問を持つかというと、財務諸表のデータから国立大学法人などの経営成績は見えないからです。比較対象がないのです。少し詳しく解説します。
例として、国立大学法人の財務諸表を確認します。国立大学法人は必ずホームページ上で公表しています。
資産の部では、固定資産や流動資産が表示されています。法人化前までは国の財産です。国民の財産であり、大学が独自の努力で獲得したものではありません。純資産の部には、資本剰余金や利益剰余金が記載されています。民間企業であれば、お金が余れば利益になるので株主への配当や内部留保が可能です。しかし国立大学は利益を目的とした事業が禁止されています。金額が余ったという状況は、本来やるべきことをやらなかっただけです。
民間企業の場合は、収入から支出を差し引いてプラスなら利益を得たことになります。業績アップにつながり経営成績が良くなったことを意味します。しかし営利企業でない国立大学法人などが予算を余らせる状況は、やるべきことをやらなかっただけです。そのため国立大学法人などで利益が生じたときは国に返還しなければなりません。
監査報酬20億円の費用対効果を検証
さらに、これら意味不明な財務諸表を作成するために、監査法人の意見書を添付しなければなりません。監査法人に対して莫大な費用(監査報酬は、下記に示すように年間20億円)が毎年必要とされています。
監査報酬額について、平成21年度の会計検査院の報告を参考に紹介します。
会計検査院
独立行政法人及び国立大学法人における会計監査人の監査の状況について
独立行政法人及び国立大学法人における会計監査人の監査の状況について | 平成21年度決算検査報告 | 会計検査院独立行政法人及び国立大学法人における会計監査人の監査の状況について
検査報告では、独立行政法人75法人、国立大学法人90法人について、平成16年度から平成20年度までの監査報酬額が記載されています。その額はなんと合計 113 億円です。これだけ税金が使われています。5 年間で 113 億円です。年間 23 億円の監査報酬です。平成15年度までの法人化以前は必要なかった経費です。意味不明な財務諸表を作るだけで、年間 23 億円もの無駄な税金がかかっています。
さらに財務諸表を作成するための会計担当職員の人件費は、少なく見積もって10億円かかっています。精査すれば、この数倍の人件費になるでしょう。
財務諸表を作成するための人件費概算
1年間、1組織当たりの職員人件費概算
5人/組織 × 時間単価3千円 × 3時間/日 × 30日間 = 135万円
5年間の人件費
165法人 × 135万円 × 5年間 = 10億円
これらを総計すると、意味不明な財務諸表を作成するための費用は、5年間で 123 億円、年間 25 億円の税金が無駄に費やされています。
推測ですが、おそらく国民の99.99%は、国立大学法人などの財務諸表に興味がないと思います。それでも年間 25 億円の税金が財務諸表作成に使われています。
会計検査院の見解:財務諸表監査の現状と問題点
ちなみに上記の検査結果の中には、会計検査院の所見が記載されています。長文でわかりづらいので簡単に箇条書きします。
ア 監査法人の選定は公正に行うこと
イ 監査報酬の支払い時期を適切に設定すること
ウ 法規準拠性の観点からの監査や経済性及び効率性等の視点からの監査が導入された趣旨にかんがみると、これに対する成果が十分に上がっているとは必ずしも言えない。
エ 会計監査人監査の方法とその結果についての把握が必ずしも十分に行われていない
つまり、上記のウに記載されているように、会計監査人による監査はほとんど効果がないということです。会計検査院が公式な見解として述べています。
国立大学の利害関係者を理解する
くどいですが、そもそも国立大学の財務諸表に興味を持つ利害関係者は本当に存在するのでしょうか?
国立大学は、教育研究を行なうための組織です。民間企業のように営利を追求する収益事業は禁止されています。民間企業の株のように投資できる対象でもありません。投資家は存在せず配当金もありません。取り引きの相手方は、教育研究を実施するために必要な契約を締結する民間会社だけです。契約の取り引き相手は国立大学が破産しないことは十分理解しています。
学生が利害関係者という難解なことをいう人がいます。利害という意味を勘違いしています。国立大学への入学を希望する学生は、財務諸表を見て入学を希望することなどありません。財務諸表にはまったく興味ありません。入学を希望する動機は、大学の学力レベルと、卒業後の就職先のみです。学力レベルの高い大学ほど、就職先が多くて有利になるのが日本社会です。卒業後の学生を受け入れる会社側も同じです。国立大学の財務諸表は興味ありません。学力レベルを見て採用するかどうか判断するのです。
つまり国立大学の財務諸表を見て、影響を受ける利害関係者は存在しないのです。
国立大学の財務諸表の見直しが必要な理由
国立大学は、国が実施しなければならない高等教育政策の実施主体です。運営財源の多くは国民の税金です。社会に役立つ卒業生を送り出すことが何よりも重要な使命です。意味不明な財務諸表を作成するために多額の税金を使うのではなく、学生や教員の教育研究環境を改善するために税金を使用するべきです。身分が不安定な若手研究者の雇用財源は全国で不足しています。監査報酬の 20 億円があれば、年収600万円で333人の若手研究者を雇用できます。
ある国立大学では、利害関係者を招いて決算説明会を行ったらしいです。ほんとに理解に苦しむところです。国民の税金を使用する意味を深く考えてもらいたいものです。大学の役割は、社会に役立つ人材を送り出すことです。
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