原価計算方式で予定価格を作成する方法です。清掃契約や警備契約などの役務契約の予定価格は、人件費の積算が中心になります。人件費を求める方法は多数ありますが、厚生労働省が公表している賃金構造基本統計調査を用いて具体例で解説します。
はじめに 予定価格の原価計算方式とは
官公庁の契約手続きでは、予定価格を作成するときに、市場価格方式と原価計算方式の2つを用います。今回は原価計算方式による予定価格の作成方法です。
間違えやすいので確認しますが、官公庁が予定価格を作成するときに使う原価計算方式は、簿記の原価計算とは全く違います。簿記の試験や財務諸表を作成するときには、企業会計原則による原価計算を使います。製品の適正な価格を見積もるための原価計算なので、この解説とは異なることに注意してください。
原価計算方式による予定価格の作成方法は、清掃契約や警備契約など、契約内容が主に人件費で構成されている場合に用います。
また一般的に、賃金、給料、給与という言葉が使われますが、正確に表現すると、賃金とはボーナスなどの報酬すべてを含んだものです。給料は基本給部分のみです。給与は基本給と各種手当を含むという違いがあります。一般的には同じ意味で使っていることが多いです。この解説では、雇用主が負担する法定福利費を含めて人件費として使っています。
業務内容から職種を決定
人件費は、雇用主の会社が社員へ支払う給与と、会社側が負担しなければならない法定福利費から構成されます。会社が支払う給与は、仕事の内容や職種によって多種多様です。
最初に、契約内容を実施するために必要な従業員の職種を決定します。男性と女性の別、年齢、職種を決定します。
入札を希望する会社から、参考資料として作業員の予定名簿や人件費の積算内訳を提出してもらったり、入札に参加する条件として事前に参考資料の提出を義務付けたりします。
作業員の予定名簿として、作業員A 年齢45 男性 職種 清掃作業員、などのデータを集めます。個人情報保護の観点から、正式契約前の入札段階では個人名は記入しません。
人件費の基本データは賃金構造基本統計調査
人件費の算出に用いる基本データは、厚生労働省がWEB上で公表している、賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を用います。現在はインターネットで公開されていますが、昔はかなり高い書籍として販売されていました。人件費を算出する資料として、建設物価、物価資料、賃金センサス(賃金構造基本統計調査)の3種類を使いました。3種類のデータを比較して、最も安い人件費単価を予定価格に採用していました。当時(1990年頃)の会計検査院の指導は、調査対象が広く、単価も安く、公正な賃金センサスのデータを基に算出するよう口頭で指導がなされていました。公正という意味は、厚生省が幅広いデータを集計した結果という意味です。一番正しいという意味ではないです。
厚生労働省 賃金構造基本統計調査
実際に公開されているExcelデータを見ると理解しやすいです。
賃金構造基本統計調査の見方
平成27年賃金構造基本統計調査 > 一般労働者 > 職種
表1の職種別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額を見てみましょう。
業務を行う人の性別や年齢を指定している場合には、近いデータを用います。一般競争入札の場合には、不特定多数の会社が参加するので平均値を使用します。あるいは入札参加会社が判明しているときは、会社の規模や従業員の年齢等を基にしてデータを決定します。
職種別に平均年齢と給与額が掲載されています。予定価格を作成するときは、公表されている最新のデータを必ず使用します。
例えば清掃契約であれば、表の左区分欄にあるビル清掃員です。この表は男女平均、年齢平均のデータです。清掃員の性別や年齢を指定しないときはこのデータを利用します。性別や年齢が判明しているときは該当する部分を用います。
人件費の計算に使う基礎データ
人件費を計算するときは次のデータを使います。
- 所定内実労働時間数 163時間(月間)
- 所定内給与額 160,200円(月額)
- 年間賞与その他特別給与額 103,400円
この3つのデータから人件費を計算します。例えば女性のビル清掃員であれば次のデータです。
区分上の企業規模は、入札の参加資格に大企業のみなど制限をかけている場合以外は、企業規模計(10人以上)を用います。大企業になるほど単価は高くなります。
上記3つのデータの詳細は、次のWEB上に掲載されています。要点のみを解説します。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査で使用されている主な用語の説明から抜粋
所定内実労働時間数とは、総実労働時間数から超過実労働時間数を差し引いた時間数をいう。つまり超過勤務を除いた1ヶ月の労働時間数です。
所定内給与額とは、超過労働給与額を差し引いた額をいう。つまり、上記の所定内実労働時間数の給与額です。
年間賞与その他特別給与額は、賞与や期末手当等のいわゆるボーナスです。
時間外手当を算出するときの注意点
人件費の計算で注意が必要な点は、時間外手当(超過勤務手当)を算出するときは、通勤手当や家族手当、単身赴任手当、住宅手当などを除外するところです。
時間外手当の単価は、基本給から算出します。
人件費の計算
人件費の予定価格作成では、ひととおり積算を終えた後に途中の数字を修正することがあります。また類似の契約にも使いたいことがあります。多数の計算項目があるときはエクセルなどの自動計算ソフトを使うと効率的です。Wordは自動計算には不向きです。原価計算で予定価格を作成するときは表計算ソフトを使いましょう。
人件費積算の概略
人件費の積算は様々な手法があります。主な方法は、超過勤務を除いた時間単価を算出し、その時間単価に対して作業内容に応じた労働時間をかけて人件費を計算します。時間単価を算出するためには、年間の人件費総額を計算してから時間単価を算出します。
年間の人件費総額を求めるのは、基礎データである賃金構造基本統計調査のボーナス部分が月額に含まれていないからです。ボーナス部分を含めるために、最初に年間の人件費総額を算出します。
また人件費を積算するときは、従業員に支払う給与部分と、雇用主である会社が負担する法定福利費の両方を積算します。
給与 + 健康保険料 + 厚生年金保険料 + 児童手当拠出金 + 雇用保険料 + 労災保険料 +(ボーナス部分を同様に計算)
健康保険料などの法定福利費は、会社側が法律上負担しなくてはならない保険料です。給与をもらう従業員の保険料は、給与から天引きされるので予定価格の計算には関係しません。
社会保険料等の原則は、半額を会社側が負担し、もう半額を従業員が負担することになります。
給与の年額を計算
最初に給与の年額を計算します。
月額給与 160,200円 × 12月 = 1,922,400円/年
健康保険料の年額
次に健康保険料の年額を算出します。
健康保険料は、お医者さんににかかる際に提出する保険証のことです。本人負担3割などの医療保険です。保険料は頻繁に法律改正で変更になります。予定価格を作成するときは最新の保険料を確認しなければなりません。前回の契約とは数値が違うことが多いです。ほぼ毎年変わると考えておきましょう。
全国健康保険協会(協会けんぽ)
ホーム > 医療保険制度 > 保険料額表
地域ごとに保険料が異なるので、契約内容を実施する地域を選びます。都道府県毎の保険料額表から選択します。
例として東京を確認します。
平成28年度保険料額表 → 東京
上記の月額給与 160,200円 を報酬月額13等級(155,000 ~ 165,000)の欄に当てはめて、左欄の標準報酬月額 160,000円を決定します。
健康保険と厚生年金保険や児童手当拠出金は、この標準報酬月額を基に算出します。雇用保険と労災保険は給与額そのものを基に算出します。ここが人件費計算のわかりにくいところです。でも慣れると簡単に人件費を計算できます。同時に会社の給与計算もマスターできます。自分の給与明細を手計算できます。
人件費を積算するときは、使ったデータの資料を必ず印刷し、該当箇所をカラーマーカーして保存します。今回は健康保険・厚生年金保険の保険料額表を印刷します。
表の左側、標準報酬16万円は等級が13等級です。この欄をマークしておきましょう。
13等級(標準報酬月額16万円)の介護保険第2号被保険者(40歳~65歳)に該当する場合、折半額の欄を見ると、9,232円(月額)です。事業主負担額といい、会社が負担しなければならない保険料です。
介護保険第2号被保険者については表下段に説明があります。40歳以上65歳未満の人で健康保険料率(9.96%)に介護保険料率(1.58%)が加算されます。
従業員の年令が40歳未満なら介護保険に該当しない方を選びます。賃金構造基本統計調査のデータには平均年齢があります。ビル清掃員の平均年齢は56.3歳なので、介護保険第2号被保険者に該当します。
事業主負担の健康保険料の年額を計算します。
月額 9,232円 × 12月 = 110,784円/年
厚生年金保険料の年額
次に厚生年金保険料の年額を算出します。
厚生年金保険は、老後の年金の保険料です。定年後の65歳からもらえる年金です。算出方法は健康保険と同じです。
健康保険・厚生年金保険の保険料額表の標準報酬16万円の欄を見ると13等級(10)と書いてあります。厚生年金保険では等級が10等級という意味です。
標準報酬16万の欄の、右側にある厚生年金保険、一般の被保険者等の折半額を見ると、14,545.60円です。1円未満が表示されているときは四捨五入します。
事業主負担の厚生年金保険料の年額は
14,546円 × 12月 = 174,552円/年となります。
児童手当拠出金の年額
健康保険・厚生年金保険の保険料額表の下段に説明があります。児童手当拠出金(子ども・子育て拠出金)は、会社側が全額負担しなければなりません。折半という考え方はありません。厚生年金保険の標準報酬月額に、拠出金率(0.2%)を乗じて得た額です。
児童手当拠出金の年額は
16万円 × 0.2% × 12月 = 3,840円/年です。
人件費の予定価格積算では、給与をもらう従業員が支払わなくてはならない所得税や住民税、社会保険料の個人負担分は考慮しません。会社側が負担しなければならない社会保険・労働保険の法定福利費のみを積算します。
雇用保険料の年額
雇用保険とは失業保険のことです。会社の倒産などで失業した場合にもらえる失業手当です。
平成28年度の雇用保険料率は、労働者負担が0.4%で、事業主負担が0.7%です。この雇用保険料率も頻繁に法改正が行われます。予定価格作成のときは最新の料率で計算します。重要なことは、雇用保険料の計算で使用した料率表は、必ずプリントアウトし積算資料として保管することです。法改正により頻繁に改正されてしまうので、将来の会計検査や外部監査対応にも必須です。
厚生労働省の雇用保険料率URL
従業員の個人負担分は給与から天引きされるので、予定価格の積算には関係ありません。事業主負担の部分のみ積算します。
雇用保険料の計算は、支給総額(通勤手当などの各種手当も含めて、1円単位まで算出します。千円未満切捨てではありません。)に対して、事業主の雇用保険料率0.7%を乗じて算出します。
年間の雇用保険料を算出する場合は次の計算式になります。
年間雇用保険料 =(月額給与 × 12月 + 年間ボーナス) × 0.7%
計算結果の年間雇用保険料に、1円未満の端数があった場合は切捨てます。
労災保険料の年額
労災保険とは、仕事中にケガをした場合の保険です。業務上のケガは、個人が負担するのではなく会社側が負担します。労災保険は全額事業主負担で個人負担はありません。
事業の種類ごとに保険率が決められており、0.25%から6%ほどの開きがあります。危険な仕事ほど保険料も高くなります。
厚生労働省の労災保険率表
一般的な事務事業では、0.3%、清掃業務はビルメンテナンス業として0.55%です。
労災保険率適用事業細目表の清掃業とは、道路、公園等の清掃や、バキュームカーなどのし尿処理、産業廃棄物の収集処分事業です。
建物内の清掃は、ビルメンテナンス業の区分です。
計算方法は雇用保険と同様です。給与とボーナスの年額を1円単位まで算出し、労災保険料率を乗じて計算します。
建物の清掃の場合
年間労災保険料 =(月額給与 × 12月 + 年間ボーナス)× 0.55%
年間ボーナスと法定福利費
賃金構造基本統計調査のデータ
年間賞与その他特別給与額 103,400円/年
ボーナス部分の社会保険料を算出します。計算方法は健康保険・厚生年金保険の保険料額表の下欄に説明があります。
保険料額表の下段抜粋
○賞与にかかる保険料
賞与に係る保険料額は、賞与額から1,000円未満の端数を切り捨てた額(標準賞与額)に、保険料率を乗じた額となります。
給与のときは標準報酬月額でしたが、ボーナスのときは千円未満を切り捨てて、標準賞与額を基に算出します。
年間賞与 103,400円/年 → 103,000円/年(標準賞与額)
標準賞与額に各保険料率をかけて保険料を計算します。計算方法は給与と同じです。
ボーナス部分の年間保険料
健康保険料 11.54%
103,000 × 0.1154 ÷ 2(折半額)= 5,943.1円/年
厚生年金保険料 18.182%
103,000 × 0.18182 ÷ 2(折半額) = 9,363.73円/年
児童手当拠出金 0.2%
103,000 × 0.002 = 206円/年
雇用保険料と労災保険料は、月額給与とボーナスを合算して、年額を算出してから計算しますので個別には計算しません。
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