「論文不正」と「競争的資金」の因果関係、見えない「歪んだ競争意識」

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本サイトは、官公庁の会計手続きの解説を目的としています。しかし近年は「競争的資金」と呼ばれる予算が急増し、「論文不正」の一因になっているように感じます。そこで、今回は「論文不正」の原因などについて解説します。「論文不正」は、日本の科学研究を脅かすような大きな問題です。マスコミでたびたび報道されています。「研究不正大国」、「研究捏造大国」とまで言われています。「論文不正」の原因等について解説します。

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論文は役に立つのか

 

研究データを捏造するなどの論文不正問題が、毎年のようにマスコミで報道されます。2012年には、研究室内で行なわれた論文不正の監督責任をとり、東大の教授が自ら辞職しました。そもそも「論文とは何か」考えてみます。

 

論文は、小説や漫画のような面白さがないので、世間一般の多くの人は、興味がありません。一部の頭の良い人たちが、難解な文章を書いているくらいの理解です。論文が、実社会に必要なことを知っている人は少ないです。論文とは、知的な探求(真理の探究)の結果を、文字で表現したものです。知的な探求とは、何かを探すため(真理を発見するため、課題を解決するため)冒険に旅立つイメージです。普通の冒険は体力勝負ですが、知的な冒険は、世の中に蓄えられた知識を使います。

 

そして、文章表現は論理的でなければなりません。つまり、内容に矛盾がなく、誰もが納得する作法で書くことが必要です。何かの新しい発見について、論理的に文章としてまとめたものです。学術の研究成果なので、実際の生活や社会に直接役立つとは限らないものです。

 

論文が役立つのは、同じ研究者仲間たちに必要な情報としてです。典型的なのが学会です。同じ専門分野の研究者が集まり、お互いの研究成果を論文として発表します。同じ学会に所属する研究者は、同じような未解決の課題を抱えており、誰がその課題を最初に解決するか注目しています。

 

社会に役立つ研究成果の例として、iPS細胞があります。京都大学の山中教授が、誰も思い付かない方法で、iPS細胞を発見しました。既にノーベル賞を受賞した世界一の研究です。

 

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研究者の評価

 

研究者は、研究成果をまとめた「論文」で評価されます。他の研究者が基礎情報として使いたくなるような論文、被引用数の多い論文ほど研究成果としての価値が高いのです。

 

研究者たちは、論文を書くことに力を注ぎます。被引用数の多い質の高い論文、多数の論文を書くことに懸命になります。学会で論文を発表し、自分の論文が認められれば、出世が早くなります。助教から講師、准教授、教授へと昇るスピードが早くなり、発言力も強くなります。人も金も自然に集まり始めます。世界一の業績として認められる「ノーベル賞」を取れば、最新の研究設備が整った新しい研究棟が建ちます。

 

研究者の世界は、論文がすべてです。言い方を換えれば、研究者は、学会で論文を発表し、同じ研究者たちに認めてもらわなければ生きていけないのです。特に、任期付の研究者は、認めてもらえる多数の論文が必要なのです。

 

民間会社の営業マンであれば、努力した結果は、売上金額などの客観的な数字で見ることができます。しかし論文は、被引用数だけでなく、研究の内容である質も評価される必要があります。質の評価は、同じ分野の専門家で、実績のある研究者や発言力の強い研究者に認めてもらうことが重要です。

 

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何故、論文不正が後を絶たないのか

 

理由は簡単です。

 

歪んだ競争意識」がその一因です。

 

理解しやすいように、野球を例にしましょう。バッターはホームランが多ければ評価されます。練習をたくさんこなし、体力をつけ、技術力を磨いてホームランを打つのが正しい行動です。

 

しかし、誰にもわからないように、ボールが遠くへ飛ぶよう、バットの材質を変えたり、バットの中身を細工すれば、自分で努力せずホームランを増やすことができます。

 

これは野球のルールに違反し不正行為となります。スポーツマンシップを無視する卑怯な行為としてペナルティーが課せられるでしょう。悪質であれば永久追放など選手生命を絶たれる可能性さえあります。

 

研究者は論文で評価されます。「歪んだ競争意識」を持つ研究者は、より質の高い論理的内容とするために、事実を客観的に証明するはずの実験データなどを、自分が論文で主張したい内容に沿うように修正を加えてしまいます。自分の都合の良いようにデータを書き換えてしまうのです。早く論文を認めてもらいたい、安定した身分が欲しいなどが動機です。しかしデータを捏造すれば、もはや真実は不明になってしまいます。

 

平成16年、国家公務員の定員削減を目的として、国立大学が法人化されました。その結果、安定した研究を行う基盤である予算(運営費交付金)が毎年削減されることになりました。その代わりに、研究内容を評価して研究費を配分する「競争的資金」が急激に増加しました。

 

研究者は、安定した身分の確保と、自分の研究のための研究費を獲得しようと、研究成果(論文)で競争しなければならない時代になっています。数多く質の高い論文を書かなければ生活できないのです。特に、助教や講師などの若手研究者の多くは、雇用期間が3年から5年の不安定な身分です。雇用財源が不安定な競争的資金のため、短期間での研究成果が求められています。早く論文で評価されないとクビになってしまうのです。

 

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研究分野における競争とは

 

公正さが最重要であるはずの教育研究の現場へ、競争原理を導入したのが最大の敗因です。

 

本来、競争原理が社会に役立つのは、単一のもの(商品やサービス)に対してのみです。簡単な例では、商品としてのパソコンです。CPUや部品の技術開発競争によって、高性能で低価格なパソコンが普及しました。世界中の利用者に役立っています。これは単一のものを製造する競争相手が多く、かつ、利用者という需要が世界中に存在しているからです。

 

開発競争に基づく結果(パソコン)の需要が無限にあるからです。需要があり売上が伸びれば、開発予算や人件費が十分に確保できます。

 

ところが、研究分野に競争原理(雇用と研究費)を取り入れてしまいました。

 

上記を例にすれば、競争に基づく結果は論文です。そして需要は、「すぐに社会で役立つか?」ということです。つまり需要の不明な研究分野では、健全な競争にならないのです。

 

ノーベル賞でも獲得しない限り、通常の研究成果には需要はありません。また、不安定な雇用と研究費という条件の中で競争を行なうことに無理があります。将来が不安な身分の中で、研究費も少ない状況で、落ち着いて正確なデータを蓄積する研究など不可能です。

 

では、これらの今までの歪んだ制度を改善する方法はあるのでしょうか、現状の制度的な問題点はどこにあるのでしょうか。

 

研究者の環境に「競争原理」を取り入れてしまっている、現在の科学技術政策を方向転換すべきです。研究者自身の身分と、研究費獲得を競争状態にしていることが間違いです。

 

本当の研究分野の競争とは、研究成果である論文の質であるべきです。研究内容に「競争原理」を導入すべきです。研究内容で競争すべきなのに、その前提である研究者の環境そのもの(身分・人件費、研究費)を不公平な状態で競争させているのです。

 

将来に不安のない安定した財源で、研究者を期間の定めなく雇用し、そして十分な研究費を自動的に保証する研究環境こそが、「研究成果の質を高め、真の競争が可能」なはずです。

 

わかりやすく、たとえ話で説明します。スピードスケート競技を実施するときに、スケート靴を持ってない人と、最先端のスピード靴を持っている人を、不公平な状態で競争させているのが現在の研究環境です。

 

解決策は、「競争的資金」という研究費を全て廃止し、安定した財源へ振り替え、人件費と研究費を継続的に確保できる研究環境へ改善することです。

 

普通のスピード靴を公平に持たせ、真の競争環境を構築するのです。

その他
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誰も教えてくれない官公庁会計実務

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