官公庁の会計実務担当者にとって、年に一度の会計検査院による実地検査は、まさに正念場です。日々の業務に追われる中で、「この書類で本当に大丈夫だろうか」「もし調査官に指摘されたらどう説明しよう」と、漠然とした不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。
会計検査院の検査は、単に計算ミスを見つけるだけのものではありません。その契約が法令に基づき適正に行われたか、予算が効率的に執行されたか、そして何より「その決定に至ったプロセスが論理的で、客観的な証拠に基づいているか」が厳しく問われます。
実務の現場では、担当者が「良かれと思って」行った慣習的な処理や、少しの手抜きが、思わぬ「指摘事項」につながることがあります。しかし、調査官がどこを見ているのか、その「視点」を知っておけば、恐れることはありません。
この記事では、会計検査で特に指摘されやすい「危険な書類ワースト3」について、最新の傾向と具体的な対策を解説します。今回は特に、「予定価格調書の根拠」「見積もり合わせの実施状況」「競争性がない随意契約の理由」の3点に焦点を当て、実務担当者が陥りやすい落とし穴を徹底的に深掘りします。
会計検査で「やばい」と感じる瞬間とは?
検査会場の独特の緊張感の中、調査官が書類をめくる手が止まる瞬間があります。
「担当者さん、この金額はどうやって決めたのですか?」
「なぜ、この業者を選んだのですか?」
これらの質問に対し、即座に、かつ論理的に答えられないとき、担当者は「やばい」と感じます。その背景にあるのは、緊張だけでなく、「記録の欠如」と「根拠の曖昧さ」です。
記憶に頼って説明しようとしても、数年前の契約の詳細を正確に思い出すことは困難です。また、口頭での説明だけでは、調査官を納得させることはできません。
検査を無事に乗り切るための唯一の方法は、書類だけでストーリーが完結するように整えておくことです。第三者が書類を見ただけで、「なるほど、だからこの価格で、この業者に決まったのか」と納得できる状態にしておくことが、最強の検査対策となります。
それでは、具体的に指摘されやすいポイントを見ていきましょう。
指摘されやすい書類ワースト1:根拠が薄弱な「予定価格調書」
契約手続きの出発点であり、最も重要な書類の一つが「予定価格調書」です。しかし、この予定価格の決定プロセスが曖昧であるケースが後を絶ちません。調査官は、「予定価格が適正に算定されているか」を徹底的にチェックします。
積算根拠があいまいな「一式」計上の罠
最も指摘を受けやすいのが、積算内訳が「一式」のみで、その詳細が不明なケースです。
例えば、修繕工事や業務委託において、業者からの見積書をそのまま予定価格として採用している場合でも、その中身を検証していなければ指摘の対象となります。
調査官は次のように問い詰めます。
「この『一式』の中に含まれる人件費の単価はいくらですか?」
「作業時間は何時間を想定していますか?」
「材料費の単価は市場価格と合っていますか?」
これらに対して、「業者の見積もり通りです」としか答えられない場合、それは官側が主体的に価格を積算していないことの証明になってしまいます。予定価格は、官公庁側が適正と認める価格をあらかじめ定めるものであり、業者の言いなりで決めるものではありません。
積算根拠の証明資料がない
予定価格を決定するためには、その金額が妥当であることを示す「証拠」が必要です。
積算内訳だけがあり、その元となった資料が保存されていないケースは致命的です。
- カタログ価格の採用:カタログの該当ページのコピーが必要です。
- 市場価格の調査:インターネットで価格を調査した場合は、そのWebページのプリントアウト(日付入り)が必要です。
- 参考見積書の取得:業者から参考見積書を取得した場合は、その原本と、依頼時の記録が必要です。
「ネットで見たときはこの値段だった」という口頭説明は通用しません。必ず紙ベースや電子データとして、当時の価格根拠を残しておく必要があります。
値引率を示す書類がない
定価(カタログ価格)ベースで積算している場合、「実勢価格」との乖離が指摘されます。
一般的に、官公庁の調達では、定価よりも安い価格で取引されることが市場の常識となっている物品が多くあります。それにもかかわらず、定価そのままで予定価格を設定すると、「予定価格が高すぎるため、不当に高い契約を結ぶ結果となった」と判断される恐れがあります。
これを防ぐためには、「値引率」の根拠が必要です。
- 過去の同種契約における値引率の実績データ(納入実績の照会・回答書類)
- 業者へのヒアリング記録(「通常は定価の○掛けで販売しています」といった聴取内容のメモ)
これらを予定価格調書に添付し、「なぜこの値引率を採用したのか」を客観的に説明できるようにしておく必要があります。
単価や工数などを示す資料がない
特に役務契約(清掃や警備などの業務委託契約)において問題になるのが、人件費の積算根拠です。
「作業員1人、1日あたり〇〇円」という単価設定には、根拠が必要です。
- 国土交通省や地方自治体が公表している「設計労務単価」
- 賃金構造基本統計調査(賃金センサス)などの統計データ
- 物価資料や建設物価などの人件費データ
また、単価だけでなく「工数(時間)」も重要です。
「なぜ10人工(にんく)必要なのか」という問いに対し、「過去の実績から算出」「作業工程表に基づく積み上げ」といった具体的に計算した資料がなければ、過大な積算とみなされる可能性があります。
指摘されやすい書類ワースト2:不透明な「見積もり合わせ」の実施状況
300万円以下などの、少額の随意契約などで行われる「見積もり合わせ」は、業務の効率化を目的として、競争入札に比べて手続きが簡略化されていますが、その分、担当者の裁量が入り込む余地が大きく、調査官も目を光らせるポイントです。
仕様書を作らずに見積書を依頼していないか
「これと同じものを買ってきて」とカタログを渡したり、口頭で「掃除をお願い」と伝えたりして見積書を取っていませんか?
仕様書を作成せずに見積書を依頼することは、非常に危険です。
仕様書がないと、業者によって提案内容や品質にバラつきが出ます。
- A社は「純正品」で見積もり
- B社は「安価な代替品」で見積もり
これでは、金額だけで比較することはできません。条件を統一せずに安易に安い業者を選ぶと、「要求水準を満たしていない物品を契約した」ことになりかねません。
また、仕様書がないと、納品後の検査(検収)を行う基準も曖昧になります。調査官は「何を基準に、契約内容が履行されたと確認したのですか?」と指摘してきます。たとえ少額であっても、品名、規格、数量、履行期限、納入場所などを明記した仕様書(または見積依頼書)を作成し、すべての業者に同じ条件を提示した証拠を残す必要があります。
他社の見積書を依頼した「合見積もり」ではないか
ここで注意したいのが、「見積もり合わせ」と、いわゆる「相見積もり(合見積もり)」の違いです。
「相見積もり(合見積もり)」は、形だけ価格を比較検討したように見せるため、契約の相手方に対して、他社の見積書を揃えるよう依頼することで、官製談合と同じ行為であり違法です。
正しい「見積もり合わせ」とは、作成した仕様書を複数の業者に同時に提示し、それぞれの業者が独立して見積もった金額を、定められた期限までに提出させます。そして官公庁側で複数社の見積書を比較するものです。
また、特定の会社を有利に扱うために、他社の見積金額を漏らし、「後出しじゃんけん」のような価格交渉を行っていないかもチェックします。
見積もり合わせの会社が、いつも一緒ではないか
「いつもの3社」に声をかけて、持ち回りで契約しているような実態はありませんか?
見積もり依頼先の選定理由も、検査の対象です。
契約可能な会社が多数ある中で、毎回同じメンバーで見積もり合わせを行っていると、「業者間の談合を助長している」「特定業者との癒着がある」と疑われる原因になります。また、形だけの競争を演出するために、受注する気のない業者に「捨て見積もり(あて見積もり)」を依頼しているのではないかと疑われます。
これを防ぐためには、以下のような対策が必要です。
- 業者の入れ替え:定期的に新規の業者に見積もりを依頼する。
- オープンカウンター方式の導入:特定の業者を指名せず、Webサイトや掲示板で案件を公開し、参加希望者を募る。(ただし、入札と同じような負担になるなら本末転倒です。)
「いつも頼んでいるから安心」という理由は、会計検査では通用しません。常に「競争性」を担保する努力をしている姿勢を示すことが重要です。
指摘されやすい書類ワースト3:客観性を欠く「競争性がない随意契約」
競争入札を行わずに特定の1社と契約する「競争性がない随意契約」は、例外的な処理であるため、最も厳しいチェックが入ります。「なぜ競争できなかったのか?」という問いに、一点の曇りもなく答えられなければなりません。
随意契約の理由が、わかりやすいか、矛盾していないか
決裁文書に記載される「随意契約理由書」の内容が勝負の分かれ目です。
よくあるNG例は、理由が抽象的すぎることです。
- 「専門的な知識が必要であるため」
- 「緊急を要するため」
- 「本件業務に精通しているため」
裏付ける資料が添付されていれば問題ありませんが、これだけでは理由になりません。「専門的な知識」であれば、入札参加資格で要件を絞れば競争入札が可能です。「緊急」といっても、人命にも影響なく、社会的な緊急の要請がない場合は、「手続きにかかる日数を考慮すれば入札ができたのではないか」と指摘されます。
調査官が納得する理由は、具体的かつ論理的である必要があります。
「〇〇という特殊な技術(特許第△△号)を用いた製品が必要であり、当該性能を有した機種は、A社製しかない、さらに、A社製の製品は、代理店や販売店もなく、直接契約に限定されている。よってA社を契約の相手方として選定した。」
このように、誰が読んでも「それならA社にお願いするしかない」と納得できる文章でなければなりません。
他に契約相手がいないことを示す資料
理由書で「この会社しかできない」と主張するならば、それを裏付ける客観的な証拠資料が必須です。
担当者の思い込みや、特定の会社からの口頭説明だけでは不十分です。
- 地域別販売店証明書:メーカーが「関東地域でこの製品を扱えるのはA社のみである」と証明する書類。
- 知的財産権の証明:特許証や実用新案登録証の写し。
- 市場調査の記録:他の業者にも問い合わせたが、「対応できない」と断られた際の記録(メールや電話のやりとりメモ)。
特に注意すべきなのは、「代理店証明書」です。単に「A社は正規代理店です」という証明書では、「他にも正規代理店があるのではないか?」という疑問を払拭できません。広い地域に対して「唯一の」代理店であることを証明する必要があります。ライバル会社が存在しない状態を示す資料が必要になります。
選定理由を裏付ける資料があるか
「現在使用しているシステムのバージョンアップであり、開発元であるA社以外が担当すると、システムの互換性が保てず、著しい支障が生じる」
このような理由で随意契約を行う場合も、単に文章で書くだけでは不十分です。
- システム仕様書や設計図面など、技術的なつながりを示す資料
- 他社が参入できない技術的な障壁(ソースコードが公開されていないなど)を説明する資料
- ライバル会社が存在しないこと、他社では対応できないことを電話で確認したメモなど
これらを添付し、「物理的・技術的に他社には不可能である」ことを証明しなければなりません。「他社に頼むと高くつくから」あるいは「引継ぎが面倒だから」という理由は、競争性を排除する正当な理由として認められないケースが多いため注意が必要です。特に「高い」という理由であれば、「それでは一般競争入札してみてください」と言われるだけです。墓穴を掘ることになります。
会計検査を乗り切るための心構え
会計検査は、担当者の粗探しをするために行われるのではありません。あくまで、国民の税金が正しく使われているかを確認するための手続きです。
指摘事項を恐れるあまり、書類を隠蔽したり、改ざんしたりすることは絶対に避けてください。それは、単なる事務ミスを超えて、懲戒処分の対象となる不正行為です。
検査を乗り切るための最大の防御策は、「プロセスの透明化」です。
- メモ魔になる
業者とのやり取り、価格調査の経緯、上司との相談内容。これらを些細なことでも記録に残す習慣をつけましょう。人間の記憶は薄れますが、記録は嘘をつきません。そのメモ一つが、数年後のあなたを救う証拠になります。 - 「なぜ?」を自問自答する
書類を作るたびに、自分で自分にツッコミを入れてみましょう。「なぜこの金額?」「なぜこの業者?」「この日付で矛盾はない?」。自分で答えられないことは、調査官にも説明できません。 - 前例踏襲を疑う
「去年もこうだったから」は、危険なキーワードです。法令や社会情勢は変化しています。前任者のやり方が間違っていた可能性もあります。常に「今のルール」に照らし合わせて、正しい処理かどうかを確認する視点を持ちましょう。
まとめ
会計検査で指摘されやすいポイントは、実は基本的な事項に集約されます。
- 予定価格:積算根拠を明確にし、値引率や単価の裏付け資料を必ず残す。
- 見積もり合わせ:仕様書を作成して条件を統一し、公平な競争環境を作る。
- 随意契約:特定の1社でなければならない「客観的な理由」と「証明資料」を揃える。
これらのポイントは、検査対策であると同時に、適正な会計実務そのものです。
日々の業務の中で、これらの「証拠作り」を意識して行えば、検査直前に慌てることはありません。
机の中に眠っている書類をもう一度見直し、不足している資料があれば、今のうちに整えておきましょう。そのひと手間が、あなたの身を守り、自信を持って検査に臨むための鍵となります。


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