官公庁で新しく会計実務や契約担当になったばかりの方、あるいは民間企業から初めて官公庁への営業を担当される方にとって、聞き慣れない専門用語や厳格なルールは大きな壁となって立ちはだかります。「見積書」と「参考見積書」の違い、契約書に貼る印紙のルール、さらには「3点セット」と呼ばれる書類の扱いなど、先輩から教わっても「なぜそうなるのか?」が腹落ちしないことも多いのではないでしょうか。
特に2025年(令和7年)4月1日からは、予算決算及び会計令や地方自治法施行令の改正により、長年据え置かれていた「随意契約」や「契約書の作成を省略できる範囲」の基準額が大幅に引き上げられました。これは実務担当者にとって、業務効率を劇的に改善する大きなチャンスであると同時に、新しい基準を正しく理解していなければ重大なミスにつながりかねない転換点でもあります。
この記事では、新任の担当者が最初に躓きやすい「見積書の基礎知識」から、ベテランでも意外と知らない「契約実務の落とし穴」、そして最新の「2025年法令改正のポイント」までを、実務の現場目線でわかりやすく網羅しました。教科書的な法令の解説だけでなく、実務でどのように判断し、書類を作成すべきかという具体的な手順に踏み込んで解説します。デスクの横に置いて、困ったときにすぐに見返せる「実務のバイブル」としてご活用ください。
官公庁実務における「見積書」の基礎と重要性
官公庁の契約手続きにおいて、最も頻繁に目にする書類が「見積書」です。しかし、この見積書には法的な意味合いが異なる複数の種類が存在することをご存知でしょうか。ここを混同すると、予算要求の段階や契約手続きで大きなトラブルの原因となります。
「見積書」と「参考見積書」の決定的な違い
実務の現場では、単に「見積書」と呼ぶことが多いですが、厳密には「契約手続きに使う見積書」と「予算要求などに使う参考見積書」の2種類が存在します。この2つは使用目的が全く異なります。
まず、契約手続きに必要な通常の「見積書」は、民法上の「契約の申込み」にあたる書類です。官公庁側(発注者)がこの見積書を受け取り、「この内容でお願いします」と承諾することで、契約が成立します。つまり、法的拘束力を持つ非常に重要な書類です。
一方、「参考見積書」は契約手続きとは関係がありません。これは、来年度の予算を要求する際や、事業費の概算を把握するために取り寄せる「金額を確認するための資料」です。
重要な違いは「金額の性質」にあります。契約用の見積書は、他社との価格競争(見積もり合わせ)を勝ち抜くために提示される「最安値」のギリギリの価格であることが通常です。しかし、参考見積書は契約を前提としていないため、業者はリスクを見込んだ「通常の取引価格(定価に近い安全圏の金額)」を提示します。
予算要求時に参考見積書ではなく、安すぎる本気の見積書を使ってしまうと、実際に予算が配分されたとき(通常は要求額から査定で減額されます)、実際の契約段階で予算不足に陥るリスクがあります。依頼する際は、業者に対して明確に「予算要求用の参考見積書です」と伝えることが、トラブル回避の鉄則です。
「下見積書」は使ってはいけない
最近、入札公告などで「下見積書(したみつもりしょ)」という言葉を見かけることがありますが、これは官公庁会計実務においては不適切な書類です。「下調べ」「下見」といった言葉が示す通り、これは「正式ではない概算の書類」を意味してしまいます。
官公庁の契約手続きは、公正性と透明性が命です。予定価格の積算などに「正式ではない適当な数字」を使うことは許されません。もし入札前に業者から「下見積書」を提出させ、その金額を上限として入札を行わせるような運用をしていれば、それは官製談合や価格操作を疑われる危険な行為です。
業者に対して依頼すべきなのは、あくまで「参考見積書」です。参考見積書は契約の申し込みではありませんが、市場の「取引の実例価格」を示す正式な書類です。曖昧な「下見積書」という言葉や書類は使わず、堂々と正式な価格調査としての参考見積書を活用しましょう。
見積書・納品書・請求書の「日付」と3点セットの罠
年度末などで事務処理が逼迫すると、業者に対して「見積書・納品書・請求書の3点セットをまとめて提出してください」と依頼してしまうケースがあります。しかし、これは非常にリスクの高い行為です。
会計書類には正しい時系列があります。
- 見積書:発注前(契約前)に金額を確認した日
- 納品書:物品が実際に納入された日
- 請求書:納品後の検査(検収)が完了した後日
これらを一度に作成させてしまうと、全ての日付が「同日」になってしまうことがあります。これは、「発注前に金額を検討していない」「納品と同時に請求が来ている(検収していない)」とみなされ、会計検査や税務調査で「事実と異なる書類作成」「日付の操作」として指摘される原因になります。
特に見積書は「契約前の日付」でなければなりません。たとえ書類の発行が後日になったとしても、日付欄には「実際に電話やメールで金額提示を受けた日(発注を決めた日)」を記載してもらうのが正しい実務です。
2025年(令和7年)法令改正:随意契約限度額の引き上げ
2025年4月1日、官公庁の契約担当者にとって歴史的な改正が施行されました。予算決算及び会計令(予決令)や地方自治法施行令の改正により、随意契約が可能な基準額(少額随意契約の上限額)が大幅に引き上げられました。
改正された具体的な限度額(国・都道府県・指定都市)
これまで長期間据え置かれていた限度額が、物価変動や事務効率化の観点から見直されています。国および都道府県・指定都市における新しい基準額は以下の通りです。
- 工事・製造の請負:250万円以下 → 400万円以下
- 財産の購入(物品購入):160万円以下 → 300万円以下
- 物件の借入れ(レンタル等):80万円以下 → 150万円以下
- 財産の売り払い:50万円以下 → 100万円以下
- 役務(サービス)その他の契約:100万円以下 → 200万円以下
- ※市町村の場合は、上記の概ね半額(工事200万円、物品150万円など)となります。
この改正により、これまで一般競争入札に付さなければならなかった案件の多くが、少額随意契約(見積もり合わせ)で処理できるようになります。入札手続きには通常2ヶ月近くかかりますが、見積もり合わせであれば1~2週間で完了するため、かなりの業務効率化が期待できます。
契約書作成の省略基準も変更
随意契約の限度額引き上げに伴い、契約書の作成を省略できる(請書で対応できる)基準額も引き上げられています。国の場合は、従来の150万円以下から250万円以下(外国での契約は350万円以下)へと変更されました。
これにより、少額な案件での契約事務がさらにスムーズになりますが、金額が大きくなった分、請書の内容確認や履行確保にはこれまで以上の注意が必要です。
実務を円滑にする契約の種類と手続き
契約事務には、通常の「総価契約」以外にも、実務を効率化するための「単価契約」や、簡便な「請書」による契約などがあります。それぞれの特性を理解して使い分けることが重要です。
「単価契約」で事務負担を劇的に減らす
ガソリンやコピー用紙のように、「単価は決まっているが、年間でどれくらいの数量を使うか確定できない」ものがあります。これらを毎回発注するたびに見積もり合わせをするのは非効率です。そこで活用されるのが「単価契約」です。
単価契約は、予定数量を設定して入札や見積もり合わせを行い、「単価」を決定する契約です。一度契約を結べば、期間内(例えば1年間)はその単価で必要な時に必要な分だけ発注できます。
メリットは事務負担の軽減だけではありません。支出負担行為(決裁)のタイミングも、通常の総価契約なら「発注時」ですが、単価契約なら「請求があった時(月ごとの支払い時)」にまとめて処理することが認められています。
ガソリンなどのように市場価格の変動が激しい品目の場合、契約書にスライド条項(価格改定のルール)を設けておくことで、著しい価格変動にも柔軟に対応することが可能です。
「契約書」と「請書」の正しい使い分け
契約金額が一定以下(国の新基準では250万円以下)の場合、正式な「契約書」の作成を省略し、「請書(うけしょ)」での契約が可能です。
契約書は、発注者と受注者の双方が署名・押印し、お互いの権利義務を確認し合う書類です。対して請書は、受注者が「この内容で請け負います」と発注者に提出する誓約書のような性質を持ちます。
請書は簡便ですが、相手方に対する強制力は契約書より弱くなります。例えば納期遅延などが起きた際、請書だけでは「そもそも契約が成立していた認識がなかった」と言い逃れされるリスクもゼロではありません。したがって、金額が安くても内容が複雑なものや、トラブルのリスクが高い案件については、省略基準以下であっても正規の契約書を作成することが推奨されます。
収入印紙と電子契約の知識
契約書や請書には、契約金額に応じた収入印紙の貼付が必要です(印紙税法)。しかし、近年普及している「電子メールでのPDF送付」などの方法で請書を提出してもらった場合、収入印紙は不要となります。
国税庁の見解でも、文書の現物が交付されない限り課税原因は発生しないとされています。請書をPDFで受け取り、それを印刷して保存すれば、コスト削減にもつながります。ただし、後日原本(紙)を持参してもらった場合は課税対象となるので注意が必要です。
仕様書作成と公正な業者選定
契約手続きの中で最も頭を悩ませるのが「仕様書」の作成と、公平な業者選定です。ここが曖昧だと、契約後のトラブルや「官製談合」の疑いを招く原因になります。
仕様書は「特定メーカー」を排除して書く
仕様書を作成する際、特定のメーカーのカタログをそのまま書き写してはいけません。それでは特定企業しか入札に参加できなくなり、公平性が損なわれるからです。
原則として「〇〇社製 〇〇型」といった銘柄指定は避け、「〇〇の機能を有すること」「サイズは〇〇mm以下であること」といった性能規定で記載します。
もし、既設システムとの接続などにより、どうしても特定の機種でなければならない場合は、「〇〇社製 〇〇型、または同等品以上」という記載をし、同等品申請を受け付ける期間を設けることで公平性を担保します。
見積もり合わせの「結果通知」の作法
見積もり合わせを行って契約相手が決まったら、参加した業者に結果を通知します。このとき、連絡する「順番」には実務上の鉄則があります。
必ず「不合格(不採用)の業者」から先に連絡し、最後に「合格(採用)業者」に連絡します。
これは、不合格の業者から「もっと安くするから考え直してほしい」といったクレームや値引きの再提示(いわゆる「後出しじゃんけん」)を防ぐためです。先に合格業者に伝えて契約が成立した後に、不合格業者からのクレームに対応するのはトラブルの元です。まずは不合格業者にお礼とお断りを伝え、トラブルがないことを確認してから、合格業者へ正式発注の連絡を入れるのがスマートな実務です。
まとめ:法令知識は自分を守る武器になる
官公庁の会計実務は、非常に細かなルールで縛られています。面倒に感じることも多いですが、これらの法令やルールは、国民の税金を適正に使うためのものであると同時に、担当者である皆さん自身を「不正の疑い」や「トラブル」から守るための強力な武器でもあります。
2025年の改正で、契約事務の裁量は大きくなりました。金額の枠が広がったからこそ、これまで以上に「見積書の正当性」や「仕様書の公平性」が問われることになります。
「3点セットの日付はずらして事実通りにする」「参考見積書と本見積書を使い分ける」「請書の特性を理解する」。こうした基本を一つひとつ丁寧に積み重ねることで、誰に見られても恥ずかしくない、プロフェッショナルな会計実務が可能になります。
毎日の業務で迷ったときは、ぜひこの記事の基本に立ち返ってみてください。正しい知識が、あなたの仕事をきっと楽にしてくれるはずです。

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