官公庁の仕事納めが過ぎ、年が明けるとすぐにやってくるのが「新年会」の案内です。机の上に置かれた、あるいはメールで届いた回覧を見て、「正直、行きたくないな……」とため息をついた経験はありませんか? 業務時間外の拘束、決して安くはない自腹の会費、上司へのお酌や気遣い。民間企業とは異なり、経費という概念が希薄な公務員の世界において、新年会は純粋な「私費負担」のイベントです。「断ったら評価が下がるのではないか」「付き合いが悪いと思われるのではないか」という不安と、「自分の時間を大切にしたい」という本音の間で揺れるのは、あなただけではありません。
本記事では、元国家公務員の視点から、現代の官公庁における新年会の実情、出席することのメリット・デメリット、そして角を立てずに欠席するためのスマートな断り方までを徹底解説します。法令遵守の観点から「絶対に行ってはいけない」危険な新年会の見分け方も紹介しますので、出欠の返事を出す前にぜひご一読ください。
公務員の新年会事情:参加は「義務」か「権利」か
年末年始の時期になると、職場で必ず話題に上がるのが「新年会」です。民間企業であれ公務員であれ、組織に属している以上、季節の行事としての懇親会は避けて通れないイベントの一つと言えるでしょう。しかし、特に官公庁においては、その独特な組織風土や不文律が存在するため、単なる飲み会として片付けるわけにはいきません。「出席すべきか、欠席しても良いのか」という悩みは、多くの職員が一度は抱く共通の課題です。
職場における「空気」と事実上の強制力
公務員の新年会は、表向きは「自由参加」であり、業務命令として強制されることは法的にはありません。勤務時間外に行われる私的な会合であるため、これへの参加を強制することはパワーハラスメントに該当する可能性もあります。
しかし、実際の現場では「参加するのが当たり前」という「空気」が存在することも事実です。特に、チームワークを重視する部署や、歴史の長い本省の課、あるいは地方出先機関の総務系部署などでは、全員参加が暗黙の了解となっているケースが少なくありません。この「空気」を読み違えて欠席を続けると、「協調性がない」「付き合いが悪い」というレッテルを貼られ、業務上のコミュニケーションに目に見えない障壁が生じることがあります。
世代間で異なる新年会への温度差
職場内での世代間ギャップも、判断を難しくしている要因の一つです。
ベテラン層、特に管理職クラスにとっては、新年会は「部下の労をねぎらい、組織の結束を固める重要な儀式」です。昭和や平成初期の入庁組は、酒席でのコミュニケーションを通じて人間関係を構築してきた経験則があるため、若手職員にも同様の振る舞いを期待しがちです。
一方で、若手や中堅職員の間では「業務時間外の拘束は最小限にしたい」「プライベートを優先したい」という価値観が一般的になりつつあります。この温度差が、新年会の出欠を巡る心理的な葛藤を生み出しています。「行きたくはないが、上司の顔を立てるべきか」というジレンマは、現代の公務員社会における構造的な問題とも言えます。
コロナ禍を経て変化した「飲みニケーション」の現在地
新型コロナウイルスの感染拡大は、官公庁の飲み会文化にも大きな影響を与えました。数年間にわたり大人数での会食が自粛された結果、「飲み会がなくても業務は回る」という事実に多くの職員が気付いたのです。
現在では、以前のように「全員強制参加の一次会、流れで二次会、三次会」というスタイルは減少しつつあります。小規模なグループでの開催や、ランチタイムを利用した懇親会への切り替え、あるいはアルコールなしの食事会など、開催形式も多様化しています。かつてほどの同調圧力は薄れている傾向にありますが、それでも「新年会」という名称がつくと、組織としての公式行事に近い意味合いを持つことが多く、判断には慎重さが求められます。
官公庁ならではの特殊な「お財布」事情
公務員の飲み会において、民間企業出身者や一般の方が最も驚くのが「会計事情」です。ここには、税金を原資とする公務員組織ならではの厳格なルールが関係しています。
民間とは違う?「交際費」が存在しない現実
多くの民間企業では、取引先との会食や社内の懇親会に対して、経費(交際費や福利厚生費)が落ちることがあります。しかし、官公庁には基本的に「社内飲み会用の経費」は存在しません。
官公庁会計実務において、会議に関連する支出として「会議費」という費目は存在しますが、これはあくまで公務上の会議に必要最小限の茶菓(お茶や弁当など)を供する場合に限られます。アルコールを伴う宴会費用を「会議費」として支出することは、会計法令上、極めて困難であり、実務上も認められません。公金を使って職員が酒を飲むことは、国民の理解を得られないからです。
したがって、公務員の新年会は、どんなに公的な色彩が強くても、費用はすべて参加者のポケットマネー(私費)で賄われます。
厳格な会計ルールと「自腹」の原則
すべての費用が自腹であるということは、参加者にとって直接的な経済的負担となります。居酒屋やホテルでの立食パーティーなど、会場のグレードにもよりますが、一度の新年会で数千円から一万円程度の出費は避けられません。
給与から天引きされる親睦会費などで積立を行っている部署もありますが、それでも不足分は当日徴収となるのが一般的です。「業務の延長のような話を聞かされ、気をつかい、その上でお金まで払うのか」という不満が生じるのは、この「完全自腹制」という構造に起因しています。
傾斜配分という名の若手への配慮と負担
完全な割り勘(均等割り)にする場合もありますが、多くの職場では職階に応じた「傾斜配分」が行われます。管理職(課長や部長など)が多めに支払い、若手職員の負担を軽減するシステムです。
例えば、会費が一人5,000円の場合、管理職は10,000円、中堅は5,000円、若手は3,000円といった具合に調整されます。これは若手にとってはありがたい慣習ですが、裏を返せば、管理職にとっては新年会シーズンが金銭的な受難の時期になることを意味します。昇任して給与が上がっても、その分、飲み会での負担額(「傾斜」と呼ばれる上乗せ分)が増えるため、手取りの実感としてはあまり豊かさを感じられないというのも、公務員あるあるの一つです。
法律と倫理規定から見る「行ってはいけない」新年会
公務員が新年会に出席するかどうかを判断する際、単なる「行きたくない」という感情論以上に重視しなければならないのが、法律や倫理規程です。特に、外部の関係者が同席するような新年会の場合、知らなかったでは済まされない重大なリスクが潜んでいます。
国家公務員倫理法・倫理規程のおさらい
国家公務員(およびそれに準じる地方公務員)には、職務に係る倫理の保持を図るために「国家公務員倫理法」および「国家公務員倫理規程」が定められています。これは、公務員が職務上の利害関係者から接待を受けたり、金銭や物品の贈与を受けたりすることを厳しく規制するものです。
新年会シーズンになると、業界団体や付き合いのある企業から「一緒に新年会をしませんか」と誘われることがあります。しかし、ここで安易に参加を承諾してはいけません。相手が「利害関係者」に該当する場合、会食そのものが制限されている、あるいは厳しい条件が付されているからです。
利害関係者(契約相手方)との会食の絶対ルール
「利害関係者」とは、許認可の申請をしている事業者、立入検査の対象事業者、補助金の交付を受ける事業者、そして契約の相手方(または契約しようとしている事業者)などを指します。
契約担当や事業担当の職員にとって、日常的に接している業者は基本的にすべて「利害関係者」になり得ます。倫理規程では、利害関係者からの接待(おごり)は原則禁止されています。たとえ新年会という名目であっても、相手方に費用を負担してもらう形での飲食は、懲戒処分の対象となる可能性があります。
「割り勘ならOK」の落とし穴と事前の届出
では、「自分の分は自分で払う(割り勘)」なら問題ないのでしょうか。
倫理規程上、利害関係者との会食であっても、自己の飲食代金を自己負担すれば禁止はされていません(ただし、割り勘であっても、倫理監督官への事前の届出が必要な場合があります)。
しかし、ここで注意が必要なのは、「何をもって割り勘とするか」です。例えば、高級料亭で一人数万円のコース料理を食べ、形式的に5,000円だけ支払ったとしても、それは実質的な接待を受けた(差額分の利益供与を受けた)とみなされます。社会通念上相当な対価を支払っているかどうかが厳しく問われるのです。
また、そもそも利害関係者と酒席を共にすること自体が、「癒着」や「公平性の欠如」といった疑念を国民に抱かせる行為です。実務的なアドバイスとしては、利害関係者が主催する新年会には、よほどの公的な必要性がない限り「出席しない」のが最も安全な選択肢と言えます。
出席することのメリットとデメリットを比較する
法令上の問題がなく、純粋な職場内の新年会である場合、出席するか否かは個人の判断に委ねられます。ここで改めて、メリットとデメリットを整理してみましょう。
業務円滑化と情報収集の場としてのメリット
最大のメリットは、やはり「人間関係の潤滑油」としての機能です。
普段の業務中には話せないプライベートな話題や、仕事に対する本音を共有することで、上司や同僚との心理的な距離が縮まります。特に、人事異動で新しい部署に来たばかりの場合や、普段あまり接点のない他係の職員と話す機会としては有効です。
また、非公式な場でのみ語られる「組織の裏事情」や「人事の噂」、「過去の経緯」などの情報を入手できることもあります。公務員の仕事は、過去の経緯(前例)や根回しが重要になる場面が多いため、こうしたインフォーマルな情報は意外と実務で役に立ちます。「あの件については、〇〇課長はこういう考えを持っているらしい」といった情報を知っているだけで、稟議を通す際の戦略が立てやすくなることもあります。
時間的拘束と精神的疲労のデメリット
デメリットは明白で、時間とお金の消費です。
定時後に2時間〜3時間拘束され、さらに二次会まで付き合わされれば、帰宅は深夜になります。翌日も通常通り業務がある場合、パフォーマンスの低下は避けられません。
また、気を使うことによる精神的疲労(気疲れ)も無視できません。上司のグラスが空いていないか常にチェックし、料理を取り分け、話題を提供し、愚痴を聞く……。これが「仕事の延長」と感じられる人にとっては、残業代の出ない労働以外の何物でもありません。
人事評価への影響はあるのか
「新年会に行かないと出世に響くのか」という問いに対しては、制度上の答えは「NO」ですが、実態としての答えは「△」です。
公務員の人事評価制度は、業績評価と能力評価に基づいて行われます。飲み会への参加不参加が直接の評価項目になることはあり得ません。
しかし、評価を行うのは人間です。飲み会でのコミュニケーションを通じて「あいつは骨がある」「可愛いげがある」「熱意がある」といった主観的な好印象を上司が抱いた場合、それが無意識のうちに評価にプラスに働く可能性は否定できません。逆に、頑なに欠席を続けることで「コミュニケーション能力に難あり」という偏見を持たれてしまうリスクも、古い体質の組織ではゼロではないのが現実です。
円満に欠席するためのスマートな断り方
メリットとデメリットを天秤にかけ、それでも「今回は欠席したい」と決めた場合、重要なのはその伝え方です。波風を立てず、かつ次回の誘いづらさを生まないような断り方のテクニックを紹介します。
決して角が立たない「王道の理由」
嘘をつく必要はありませんが、相手が納得せざるを得ない「優先順位の高い理由」を用意するのが大人のマナーです。
- 先約がある: 「あいにく、その日は先約がありまして」というシンプルな理由は、それ以上深く追求されにくいため有効です。
- 家庭の事情: 「子供の迎えがある」「親の介護のサポートが必要」「妻(夫)が体調を崩しており」など、家族に関わる理由は、組織としても配慮せざるを得ない最強のカードです。最近の官公庁はワークライフバランスを重視しているため、家庭の事情を無下にする上司は減っています。
- 健康上の理由: 「最近、肝臓の数値が思わしくなく、医者からアルコールを止められている」「通院の予定がある」なども、無理強いできない理由になります。
避けるべきは、「行きたくないので」「お金がないので」といったストレートすぎる理由や、「まだ予定がわからない」という曖昧な返答です。曖昧な態度は幹事を困らせるだけでなく、後で断った際の心証を悪くします。
伝えるタイミングと手段
欠席を決めているなら、案内が来たら可能な限り早く返事をするのが鉄則です。
幹事は会場の予約や人数の確定、会費の計算など多くのタスクを抱えています。返事を保留にしてギリギリに「×」をつける行為が、最も嫌われます。
「あ、今回は残念ですが不参加でお願いします」と即答することで、「最初から予定が合わなかった」という印象を与えることができます。
また、メールやグループウェアでの回答だけでなく、幹事や上司に口頭で一言「すみません、今回はどうしても外せない用事があって」と添えるだけで、印象は大きく変わります。
幹事への配慮とフォローの重要性
欠席する場合でも、幹事へのねぎらいを忘れないようにしましょう。
「幹事、お疲れ様です。今回は参加できませんが、またの機会にお願いします」と伝えることで、敵を作らずに済みます。
もし、係単位などの少人数の新年会で、自分が欠席することで雰囲気が悪くなりそうな場合は、「寸志」として数千円を幹事に渡すという、極めて日本的な(そして少し古風な)高等テクニックもありますが、若手職員であればそこまでする必要は通常ありません。
もし出席する場合の「官公庁流」サバイバル術
覚悟を決めて出席する場合、あるいはどうしても断りきれず出席する場合は、その時間を無駄にせず、あわよくば「できる職員」という評価を得るための場として活用しましょう。官公庁の飲み会には、特有の作法があります。
徹底された席次マナーと上座・下座
官公庁は、民間企業以上に「序列」を重んじる組織です。新年会の会場における「上座(かみざ)」と「下座(しもざ)」の把握は必須スキルです。
- 上座: 出入り口から最も遠い席。組織の長(部長や課長)が座ります。
- 下座: 出入り口に最も近い席。幹事や若手職員が座ります。
若手職員は、真っ先に下座を確保し、注文の取りまとめや料理の受け渡し、空いた皿の片付けなどの「ロジ周り」を担当します。間違っても、景色の良い奥の席にどっかりと座ってはいけません。座敷なのかテーブルなのか、円卓なのかによって上座の位置は変わりますので、入店前にシミュレーションしておくと安心です。
無礼講は存在しない?会話選びのポイント
開会の挨拶で上司が「今日は無礼講だ!」と言うことがありますが、これを真に受けてはいけません。公務員社会における無礼講とは、「職階に関わらず楽しく飲もう(ただし、礼儀を失わない範囲で)」という意味です。
上司へのタメ口や、過度な批判、品のない話題は厳禁です。
無難で好感度の高い話題は以下の通りです。
- 上司の過去の武勇伝: 「課長がお若かった頃は、どのような雰囲気だったのですか?」と聞くことで、上司は気持ちよく話すことができます。
- 趣味や休日の過ごし方: 業務外の人間性を知る良い機会です。
- 出身地の話: 地方出身者が多い職場では、地元の話題は盛り上がりやすい鉄板ネタです。
逆に、政治的な話題や、特定個人の悪口、生々しい人事の話は、酒席であっても避けるのが賢明です。壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が聞いているかわかりません。
翌朝の挨拶で差がつく事後処理
新年会が終わった翌朝、出勤したら必ず上司や幹事の席に行き、「昨日はありがとうございました。ご馳走様でした」と挨拶をしましょう。
たとえ割り勘であったとしても、上司が多めに払っている(傾斜配分)ケースが多いため、感謝を伝えるのはマナーです。二日酔いで遅刻したり、挨拶もなしにデスクに向かったりするのは、「昨日の酒席が台無し」になる最悪のパターンです。この「翌朝の挨拶」までが新年会というセットだと心得てください。
結論:自分のキャリアとライフスタイルに合わせて判断する
公務員の新年会に出席すべきかどうかに、絶対的な正解はありません。
もしあなたが、「職場での人間関係を円滑にし、将来的なキャリアアップのために足場を固めたい」と考えているなら、新年会はコストパフォーマンスの良い投資になり得ます。数千円と数時間の投資で、上司からの信頼や貴重な情報を得られる可能性があるからです。
一方で、「仕事とプライベートは完全に分けたい」「今の職場での人間関係は必要最低限でいい」と割り切っているなら、無理に参加する必要はありません。現代の公務員職場は多様性を認める方向に進んでおり、飲み会に参加しないだけで不当な扱いを受けることは少なくなっています。
重要なのは、周囲の空気に流されて嫌々参加し、不満を溜め込むことです。
「参加してメリットを得る」か「欠席して自分の時間を守る」か。自分のキャリア観やライフスタイルに照らし合わせて、主体的に選択してください。そして、どちらを選んだとしても、礼儀とマナーを忘れないこと。それが、プロフェッショナルな公務員としての在り方です。


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