2025年11月、東京大学医学部付属病院(東大病院)の准教授が、収賄の容疑で逮捕されました。テレビや新聞などで様々な報道がなされていますが、寄附金制度そのものに問題があるという記事が多数掲載されています。寄附金制度を理解していない報道が多く、事実とかなりズレてしまっているので、あらためて寄附金制度との関係を解説します。
寄附金を「自由に使う」という意味
私は、すでに東京大学の事務職員を5年前に退職しているので、教員が逮捕された当時の状況は、よくわかりません。ただ、40年間、東京大学で勤務していたので、寄附金制度は十分に理解しています。そこで、本当の寄附金制度と今回の事件との関係を解説します。
寄附金は、外部(民間企業や個人)から受け入れる資金です。国や文部科学省から配分される予算(運営費交付金や補助金など)ではありません。そのため、寄附目的に沿って自由に使えます。そして寄附目的は、大きく2つに区分されます。組織として使うための寄附金と、教員(医師や研究者)個人が研究のために使う寄附金です。
組織として使うための寄附金は、複数の者からなる会議体によって、使い道を公平に決めています。主に、大学の機能を向上させるための目的に使います。
もうひとつの教員個人への寄附目的は、「A教授の研究助成のため」という使途になります。
使途が指定された寄附金は、「寄附目的に沿って使用される」ので、A教授は、自分の研究のために自由に使えるわけです。
しかし、ここでいう「自由に使える」という意味は、「私的に使える」、「遊びに使える」という意味ではありません。いくつかのマスコミ報道では、「自由」という言葉を、まるで私腹を肥やして、豪遊しているかのようなニュアンスで用いていますが、完全に間違っています。
「自由に使える」という意味は、「自由に研究ができる」「自由に研究に使える」という意味です。
すべてのマスコミに修正してもらいたいのですが、「自由」の後ろに「研究に」を加えて、「自由に研究に使える」と報道してもらいたいです。
そもそも研究は、自由な発想で行うものです。「学問の自由」という言葉があるように、誰からも干渉されずに、自由に研究できなければなりません。(もちろん、公序良俗に反する研究や、軍事研究の禁止など例外はありますが・・)
自由な発想で進める研究に対して、必要な物品を購入するときに、誰かに、ひとつひとつチェックされて、いちいち説明していたら、どうでしょう?
例えば、あなたが会社で仕事しているときに、ボールペンが必要になったとしましょう。ひとつ買うときに、「本当に仕事だけに使うのか」、「どのような内容を書くのか」、「いつ使うのか」、「どこで使うのか」、など聞かれたら、楽しく仕事を進められるでしょうか?
つまり、相手を頭ごなしに疑って、まるで犯罪者を取り調べるような状況になってしまうのです。
「管理・監視を強化する」ということは、前提として「相手を疑う」ことです。
もし、研究者が購入するもの全てを点検していたら、明らかに研究が阻害され、組織としても機能しなくなります。
いちいち、うるさくチェックされていたら、嫌な気分になり、研究など到底不可能になります。頭の中が、疑われたことでイライラし、集中できずに、ストレスだらけになるでしょう。
今回の収賄事件は、寄附金制度とは関係ない
多くの報道では、「奨学寄附金を隠れみのに賄賂を受け取った」とされていますが、今回の事件で問題なのは、特定の医療機器を使うよう便宜を図ったという部分だけです。奨学寄附金は、全く関係ありません。
東京大学の奨学寄附金制度は、お金の使い道を財務会計システムで管理しています。誰が、何を、いつ買ったか、一瞬でわかります。さらに、実際に契約代金などを支払う時には、請求書の内容を会計部門がチェックするので、研究に必要と思えない物品であれば、事務組織が支払いを拒否します。つまり、寄附金制度は、すでに健全に機能しているのです。
一部の専門家という人たちが、「領収書の提出とチェック」が必要と指摘していますが、私から見れば、会計の実務経験がない「素人」そのものです。昔も今も、不正会計の主な原因は、現金授受です。そのため東京大学では、現金授受を原則禁止しています。そもそも、請求書が発行できる大学生協などからの領収書は、大学として支払いの証拠書類として受け付けません。領収書そのものが、怪しすぎて、不正な現金取引の温床になってしまうからです。
また、東京大学における会計部門のチェックは、(私も、実際に担当していましたが、)かなり細かいところまでチェックします。
例えば、東大病院の准教授が、アイドルのコンサートチケット代を請求してきたら、事務部門に怒られるでしょう。私なら、呼び出して、かなり説教します。常識を理解できない人は、相手がどんな役職であろうと、叱るのが事務職員の役目です。
(ただ、文科系の研究者は、アイドルと社会、日本文化との関係などを研究している部門もあります。そのような研究分野ではアイドルのコンサート自体が、研究対象なので問題ないでしょう。研究分野は多種多様で、人間の生活すべてに関連しています。)
つまり、今回の事件は、寄附金制度や経理システムとは全く関係ありません。
それなのに、マスコミ報道などで、「制度の見直しが急務」などと指摘されてしまえば、東京大学として新たに対応しなければならず、膨大な資産(人、お金)が無駄に費消されてしまいます。東大の運営財源には税金も入っているので、それこそ「税金の無駄遣い」でしょう。
収賄事件の背景にあるもの:本当の原因
東大病院の医療機器選定をめぐる贈収賄事件で、一番大きな問題は、「特定の医療機器を優先的に使うよう選定できるシステムだった」という部分です。
例えば、特定の医療機器を優先的に使用するのではなく、自由にさまざまなメーカーの医療機器を使える状態であったなら、どうでしょう?
特定の医療機器を推薦し登録したとしても、それは、ごく一部の医療機器に過ぎない、従来の医療機器も、推薦した新しい医療機器も自由に使える、すべてのメーカーの医療機器を公平に使える状態にするのです。
医療機器メーカーが宣伝してきたら、厚労省で承認されている製品なら、製品の特徴などと一緒に自動的に選定し登録する。その医療機器を使う、使わないは、医師の自由。ただし、東大病院としの購入価格は、赤字にならないよう検討する必要はあります。
本来、医療で必要とする機器は、患者の病状や医師の技術によって左右されます。医師が、どのメーカーの、どの医療材料を使うかも自由にすべきです。自由にすると贈収賄の温床になるという考え方もあるかもしれませんが、そんなことはありません。贈収賄は「倫理の問題」です。「税金を公平に使う」という「公務員の基本姿勢」があれば問題は起こりません。
悪いことをしよう、人を騙そうと思う人は、防ぎようがありません。ただ、その人の表情や言動、日常の行動で、本当に悪い人はわかるでしょう。悪い人は、排除する以外に方法はありません。
医療機器の選定、使用を自由にする。特定のメーカーだけを優先使用しない。
これで、今回の事件は防止できたはずです。
私も、東大病院で勤務していたこともあり、医師(教授や看護師、研究者なども含む)と一緒に仕事をしていました。今回の事件は残念ですが、当事者の准教授は、ほんとに私利私欲のためだったのか、疑問に思っています。(私は、お会いしたことがないので、なんとも言えませんが・・)
東大病院の医師たちは、24時間仕事しています。食事中も、家に帰ったときも、旅行に行くときも、常に英語の論文などを読み、頭の中で考えています。それこそが研究であり、より良い診療や教育に繋がるものです。
また、医師以外の、ほとんどの東大の教員(研究者なども全て)も、24時間、それこそ夢の中でも研究しています。自分の研究を極め、少しでも教育に役立てたいと考えています。研究(教育)が人生そのものという人が、ほとんどです。遊びたい、なとど思う人は、東大の研究者にはいません。
寄附金制度は、その中でも大きな役割を果たしています。寄附金制度に足枷をはめて、自由な発想の研究を衰退させる時期ではありません。
マスコミには、寄附金制度を正しく理解してもらいたいものです。

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